「…………」
ルピは暫くリヴァイを凝視していた。無理やりにでも入れるといったリヴァイの事だからそりゃもう手に負えないようなやり方をするのだろうとエルヴィンも思っていたが、まさかそんな手口で行くなんて思いもよらない。
…しかしルピはその後、泣こうとも喚こうともしなかった。皆、それが意外だった。
「……本当は、わかってたんじゃねぇのか」
そうなのだろうか。そうなのかもしれない。いや、寧ろ考えていたのは彼らがもう戻ってこないのではという方で、しかしその選択もしたくなくて考えないようにしていた。あの地下で彼らを待ち続けるのが唯一の生きる希望となっていたから、だから、…そんな事、考えたくなかったのに。
「……お前の家族は既にこのローゼ内で平和に暮らしている」
「…、え?」
「昨日分かった事だ。ハンジが言うんだ、間違いねぇよ」
「なぁハンジ?」そうお兄さんに言われたお姉さんは少しの間を置おいて、「そうだ」と返す。
…そうか、そうなのか。彼らは亡くなってはいないんだ。彼らは生きている。それだけがルピにとって救いだった。
「これがどういう事を意味するかわからねぇ程お前は馬鹿野郎か?」
「……、」
「お前はもう"その場所"には戻れねぇってことだろう。違うか?」
お兄さんの言葉が胸に刺さっていくのをしかし、ルピはどこか他人事のように考えていた。
違う。そうじゃない。きっと何かしらの事情があるんだって思いたかった。…いや、既に脳内ではそう置き換えてしまっている。ルピは決して、自ら"捨てられた"という部分に反応しようとしなかった。
「お前の選択肢は二つだ。必要とされなくなった場所へ戻るのか。必要としてくれている場所に残るのか」
「……」
「俺たちに選択肢はねぇ。お前を"捨てる"という選択肢もな」
――俺達には、お前が必要だ
「……」
そんな事今迄言われたことなど無かったように思う。ファルクやルティルにでさえ、自分が必要だなんて、言葉。
ずっとあの場所だけが自分の場所だと思っていた。そこにしか居れない、そこしかない。ずっとずっとそうやって、狭い"壁"の中で彼らとずっと閉じこもっていた。
壁の向こうにも自分の居場所が存在するなんて、どうして思えただろう。この世界は残酷で、…しかし、
「……入ります」
その一言は自分でも思っていた以上にアッサリと口から出ていた。わからない。決してファルクとルティルの事を諦めたとか、そういうことじゃない。
この瞬間を逃せばきっと違う意味で後悔が残っただろう。もう二度とお兄さん達のような人は現れないかもしれない。そうして初めて出来た繋がりをルピ自身の手で切るという選択肢が存在しなかっただけのことであって、そう、この時はそれほど深くは考えていなかっただけのようにも思う。
「調査兵団に、入れてください」
「あぁ、喜んで。…よろしくな、ルピ」
その場の空気が、スッと軽くなった気がした。
===
それからルピは、より詳しい話を聞いた。
調査兵団に入る事は決定事項だが、その前に訓練兵として三年間過ごす必要があるらしい。この壁を守る者として力を備えるのは兵団としての義務だと、髭の男の人が教えてくれた。
「…しかしだなエルヴィン。次の訓練兵募集は二ヶ月後じゃないのか?」
「…そうか、」
「まぁその間はゆっくりしていたらいいよ。このローゼ内は初めてなんだろう?」
「そうだな。それに彼女には教養が――」
「何寝ぼけたこと言ってやがる。コイツにそんな暇はねぇよ」
「……リヴァイ、」
「訓練兵になるまでの二ヶ月、俺が鍛えてやる」
鍵をかせ。そう言われた見張りは今度はすんなりと、お兄さんにそれを差し出していた。
「…マジ?リヴァイ、あなた、」
そうしてまたそこに入ってきたお兄さんは自分の前までやってくると、手に繋がれてる黒い塊を持ち上げた。
「ルピよ」
「、はい」
「お前は他の兵士とは違う。自分は"特別"だという事を忘れるな」
「…はい」
「……俺は甘くねぇぞ。覚悟しておけ」
「……はい、お兄さん」
ジャラリとそれは軽い音を立て、ボトリと重い音を立てて落ちた。
「それとお兄さんじゃない。…リヴァイさん、だ」
そうしてルピの手についていた重く黒い塊が、外された。