10




ソニーとビーンを殺害した犯人探しは、主に訓練兵の中で行われた。ルピが推測した通り、この二体を殺そうと思ったのは新たにその手段を得た者の中にいると疑われたからだ。
取り調べ内容は立体機動装置を最後に使用した日の確認から始まった。装置は何もいつでも自由に持ち出して使用できるものではない。必ず帳簿に記録する事が義務付けられており、証言が一致しているか言動に怪しい者がいないかと、一人一人綿密に行われていく。

新兵達には不満や苛立ちが溢れていた。…無理もない。あの襲撃の熱りがようやく冷めたかと思われた直後のこの取り調べ。巨人を殺すべくして鍛えてきたというのに、巨人が殺されて疑われるという、矛盾。
…そしてそれは、彼らをより疲弊させるものだけの無意味なものと化した。

訓練兵の中で無許可で使用した者は、誰ひとりとしていなかったのである。




「――訓練兵整列!壇上正面に倣え!」


そうして結局犯人は見つからないままその日の夕刻、新兵勧誘式が行われた。


「今回の巨人の襲撃により、諸君らは壁外調査並みの経験を強いられた。かつて例がないだろう、訓練兵でありながらこれ程犠牲を経験したことは――」


巨人の恐怖も己の限界も既に知ってしまい今回の襲撃により失ったものは大きい。しかしこれまでに無いほど人類は勝利へと前進したとエルヴィンは明言し、エレンの存在の重要さ、そして彼の生家である地下室に巨人の秘密が眠っているという重大な秘密を打ち明けたのだった。
ルピはその話をそこで、初めて聞かされた。この壁内に巨人の秘密が―しかも巨人化したエレンの家にあるという事実。…何かそれには繋がりがあるのではないかとルピは直感的に思うも、エルヴィンも何か関係があると考えてそれを公にしたのかは定かではない。

一ヶ月後の調査にも出てもらうと、そこで三割が死ぬだろうと、あからさまに明言したそれには脅し過ぎではないかとも言われたが、


「――第104期調査兵団は敬礼をしている総勢二十一名だな」


その顔触れには自分の良く知る子達がいて、そして憲兵を志願していたあのジャンでさえもそこにはいて。
巨人という恐怖に既に侵されて尚それに立ち向かう決断をし、勇敢な兵士と言われた者達の表情に溢れるは絶望ばかり。…それでも心臓を捧げる彼らの敬礼は、とても逞しくルピには映っていた。




 ===




…そしてその日の夜。新兵を混じえて行われる第57回壁外調査の作戦説明がエルヴィンの口から告げられた。
その場にいたのはルピが拾われた当初からいる古株ばかりで、目新しいのは自分だけなのがルピは不思議だった。


「今から説明するのは全兵士が共有する"表向き"の作戦だ」


今回の作戦は長距離索敵陣形が使われる。目的地はカラネス区から南下した先にある旧市街地。今回はエレンをシガンシナ区へ送る試運転の為比較的短距離になっていた。
新兵は主に索敵支援班と荷馬車護衛班の中間で予備の馬と並走・伝達が任される事となっており配置はほぼ均等にバラけられ、リヴァイ率いる特別作戦班は五列中央待機で荷馬車よりも手厚い待遇となっている。


「エルヴィン、一つ聞いても?」

「なんだハンジ」

「…ルピがいるのにワザワザ索敵陣形を使うの?」


ハンジだけでない。きっと誰もが一番にそれを思っただろう。ルピが復帰してから索敵陣形を使う事は無くなっていたし、何よりそっちの方が都合と効率が良いのを知っているから。


「その理由は今から説明する。ここからはこの場にいる者だけに共有する"裏の"作戦だ。…くれぐれも内密にな」


この遠征はただの試運転ではない。それだけならば最初から新兵を混じえる必要などないし、今迄通り行えばいいだけのこと。
…そう、敢えてそれらを混じえるこの作戦にはまた別の目的がある。本当の目的、それは、


――諜報員の、捕縛


エレンが巨人化した。イコールそれは、巨人化出来る人間がいるという事の証明となる。もしも超大型巨人や鎧の巨人もエレンと同じ類なのだとしたら、それは今も壁の中に潜んでいるのではないか。それに、もしかしたらそれ以外にもいるのかもしれないとエルヴィンは踏んでいる。…そう、人為的に壁の破壊を目論む奴らがいるのだと。

そしてエルヴィンは、エレンが壁外に出ればそれは必ず追ってくると考えている。トロスト区襲撃においてまたとその姿を現した彼らの目的は五年前と同じで壁の破壊であった筈。なのに彼らはその内門を破る事無く、そしてせっかく壊した壁を塞ぐのにもなんら抵抗しなかった。…それは何故か。それは、そうする事以外の重要な非常事態が起こったからではないのか。

…そう、五年前にはなくてその時にあった特別な事なんて、一つしかない。


――エレンの、巨人化だ


あの時あの場所でそれを見ていた誰か、もしくは誰か達。壁の破壊よりも重要視する目的がエレンであるならば、何かしらの接触を試みる筈。
壁内でそれをしないのは調査兵団の監視が厳しく、逃げられないからだろう。壁外ならば調査兵団とて無防備で、加えて思う存分に暴れられる。壁外に巨人が現れてもなんらおかしくはないのだから。

…しかし、それが誰でどこにいるのかは全く見当が付いていない。だからこその索敵陣形。ルピの陣形を使いその場で巨人化されれば、隊全滅の恐れがあるからだ。


「カラネス区東方、西方どちらにも巨大樹の森がある。そこに罠を張り、その場にそれを誘導し捕獲する」

「随分簡単に言うな。…その前に俺らのところにそれが現れれば作戦もクソもねぇ」

「作戦企画案にはエレンがいる場所を敢えて載せない。班長にはエレンの場所の誤情報をそれぞれ与える。…そう簡単に探せないようにな」

「…その間に巨大樹の森を目指す、ってワケね。そりゃ索敵陣形の方が"都合がいい"」

「巨大樹の森に入るのは私とハンジ班、ミケ班のみだ。後の者は外で待機、巨人が森に入り込まないよう阻止してくれ。後から合流する班にもそう伝達してくれればいい」


理由は説明しなくていい。命令だとそう言えばいい、だなんて。ここにいる人数を思えば、本作戦に参加する兵士の四分の一もいないのではないかとルピは思う。それ以外には教えられない作戦。否、教えてはいけない作戦。
…ここにいる者は皆五年前から生き残っている兵ばかり。エルヴィンはその作戦に参加する者の線引きをそこでしたのだろうか。


「人類の存亡の為に、その項に潜む者を必ず捕らえなければならない。本作戦を必ず成功へと導くのだ」


作戦を知らないという事は、イコールその分被害が大きくなる可能性がある。それが現れる事を予め知っていれば、それを罠にかけようとしている事を知っていれば誰だって無駄な戦闘をしようとはしない。
…何故、教えてはいけないのか。愚問なのかもしれない。エルヴィンがそうするにはそれなりの理由があって、彼は自分よりもはるかに多くの事を考え決断をしていて。…そしてそれが、彼の非情さなのかもしれない、なんて。

ルピは口にしようとしたその質問を、ゴクリと喉の奥へと飲み込んでいた。


「…それと、もう一つ。ルピの能力についてはこの作戦が終わるまで新兵に公言はしないでくれ」

「…?」

「ルピは本作戦に参加しない。…表向きはな」


ザワリと一瞬、空気に波紋が広がった。一体どうしてかと、一体自分は何の為にここにいるのだろうかと、そうしてずっとエルヴィンの目を見ていたルピのそれに、彼の視線がようやくぶつかって。


「…ルピ、君には一番重要な任務についてもらう」


エルヴィンの目は、いつになく真剣だった。



back