第57回壁外調査の作戦が全兵士に伝えられたのはその翌日で、それから新兵は実戦よりも長距離索敵陣形を頭に叩き込む事が主な訓練となっていた。
「俺たち特別作戦班はここだ」
ルピは表向きには参加しない事になっている為、リヴァイ班にくっついてその演習を見学したりエルヴィンのお供として作戦遂行の為の準備の手伝いをしたりしている。作戦を知った兵達に何故参加しないのかと言われる事が多々あったが、「エルヴィンさんの命令なので」と言えば皆それ以上は何も聞いてはこなかった。
「ずいぶん後ろなんですね」
「この布陣の中で最も安全な配置だろうな」
補給物資を運ぶ荷馬車よりも手厚い待遇。エレンをシガンシナ区へ送るための試運転で行って帰ってくる事だけがこの遠征の目的だとグンタが言えば、何故か己の手を見つめ考えるようにエレンは俯いてしまって、
「…あの、オレには…この力をどうしたらいいかもまだ分からないままなんですが…事をこんなに進めてしまって大丈夫なのでしょうか?」
エレンが巨人化をして岩を塞いだ時、実戦に長けた調査兵団の代わりに彼の援護に就いたのは駐屯兵団の精鋭達。エレンを死守する事が彼らの任で、そうして彼らが命を賭してそれを全うしたからこそ人類は巨人から初めて領地の奪還に成功したと言っても過言ではない。
しかしエレンはその大義に心から喜ぶ事が出来ていなかった。人類を守った快挙は他の何にも代えがたいが、エレンを守る為にたくさんの兵が亡くなったのも事実。彼はどうしてもその方に重きを置いてしまっている。たくさんの命を賭してまで自分にそこまでの価値があるのかを未だ見出せずにいるのだ。…そう、昔のルピと同じように。
「お前…あの時の団長の質問の意味、分かったか?」
「!」
「…え?」
ルピもそれにはピクリと反応を見せた。…あの時の団長の質問。あれを問われたのは、自分だけではなかったのだ。
「先輩方にはわかったんですか?」
「さぁな」「いいえ」「いいや」
「俺もサッパリわかんなかったぜ」
ルピ以外、そう全員が即答していた。
エルヴィンがわざわざ同じ問題を全員に、ましてや一人一人に出したのには何かワケがあるに違いないが、はたしてその意義に何があるのだろう。自分は答えたには答えたけれど、それが正解かどうかは知らないし教えてもらってもいない気が、
「ルピは?」
「…、え?」
「おいおいペトラ…ルピに分かったワケねえだろ。この俺様にも分からなかった難題だぜ?」
「……」
何だかオルオに馬鹿にされたような気もしたが、ルピは笑ってその場を凌いでいた。
…もしかしたら、あの時聞かされた裏の作戦がその答えなのかもしれない。オルオやペトラ、グンタもエルドも知らない、この遠征の本当の目的。それは、その質問に答えられた者だけに与えられたのではないか、なんて。
「…もしかしたらこの作戦には"行って帰ってくる"以外の目的があるのかもしれん」
「!」
「そうだとしたら団長はそれを兵に説明するべきではないと判断した。ならば俺たちは"行って帰ってくる"ことに終始するべきなのさ」
団長を信じろ。グンタはそう言って、作戦案をクルクルと丸め片付け始めた。
勘が鋭いのか長年エルヴィンを団長として慕っているからかは定かではないけれど、もしかしたら他の班長達もグンタのように何かしら悟っているのではないかとルピは思う。それでも誰も追及する事をしないのは、先ほどグンタも言った通りエルヴィンを信用しているからなのだろう。
「…そういえば、ルピさんはどうして出ないんですか?」
「エルヴィンさんの命令なんです」
エレンもやはりそれが気になるようでそう問うてきた。ルピはお決まりの台詞を吐くことしかしなかったが、エレンはそれに何故か少し微笑んでいて。
「皆さん…本当に団長を信頼してるんですね」
巨人に立ち向かう唯一の集団である調査兵団は、どの兵団よりも団結力があるとされている。いつ仲間を失うかわからないからこそ仲間意識が一段と高い。
しかし、それは互いを信用していなければ築き上げられないもの。今の調査兵団が成り立っているのはそう、エルヴィンを誰もが信頼仕切っていて、誰もが彼について行くと誓っているからに違いなくて。
「…俺も、そんな風になれますかね」
掌を見つめてまた、エレンは下を向く。その力の未知数を計り切れていない彼はまだ葛藤しているのだろうと思う。その翼に人類の希望を背負う重み、皆の期待に応えられるかどうかという重みに。
「…なれますよ、きっと」
だからそう、ルピはその不安を吹き飛ばすかのように彼に笑って見せた。
エルヴィンに口止めされている為自身も同じ境遇だと言って公に分かち合う事は出来ないけれど。そうやって誰かが側にいて笑ってくれるだけで、あの頃の自分も嬉しかったから。
「――しっかし…ルピがいるのにどうしてこの陣形なんだろうな。それだけが疑問だぜ」
「遠征にも出さないなんてな。…何考えてるんだろうな、団長は」
「俺が知るかよ…」
少し前を歩くグンタとエルド。その二人の呟きは、己にハッキリと聞こえていた。
団の主力と言われている自分がいないことで、兵達に与える不安は大きいのかもしれない。誰もがそうして自分を必要としてくれていることが嬉しい反面、…"嘘を付いている"という罪悪感に少し駆られ始めている自分もいて。
「……」
ルピはそれから耳を逸らすかのように空を仰ぎ、一つ深呼吸をした。