14




外でオーバーヒートした身体を冷ますにはその地下特有の空気感が妙に心地いいだなんて思ったのはこの時が初めてかもしれない。不本意に"暴走"したエレンは再びその手を鎖で繋がれるということは無かったが、打って変わってひっそりとした空間が先ほどとの温度差をより一層感じさせるからだろうか。彼は地下階段の一番下に座り膝を抱えて大人しくしていた。


「オレが…ここにいることで生かしてもらっていることはわかっているつもりです」


その様がいつになく小さく見えたのは先ほど現れた巨人と比較しているからか、そうして彼を見下ろしているからか。しかしリヴァイはそれに特に声をかけようとはせず、ただ壁にもたれて彼の声に耳を傾ける。
その場に降りたのはハンジとモブリットが報告に行っている間四人とエレンを故意的に離す為。ルピは証人として二人について行った為この場にいない。その場でリヴァイと共に唯一自我を保っていて、そうしてその一部始終を冷静に見ていた人物であったから。


「ただ…実際に敵意を向けられるまで…気付きませんでした。あそこまで自分は信用されていなかったとは…」


エレンは忘れていたワケでは無い。自分がここにいる経緯、己自身が人類の天敵たりえる存在であること。…しかし、今まで彼らがそういった事を前面に出した事が無かったからか、脅威対象ではあっても敵として見做されているとは微塵も思っていなかった。ペトラには優しく気さくに、他の三人にもとても良くしてもらっていたから。


「当然だ…俺はそういう奴らだから選んだ」

「…!」

「生きて帰って初めて一人前、ってのが調査兵団の通説だが…そんな地獄のような状況であいつらは何度も生き延び成果を残した。…生き方を、学んだからだ」


巨人に対して情報不足な人間がそれに対峙した時、努めるべきは迅速な行動と最悪を想定した非情な決断。彼らは調査兵団に長年務めることでそれを確立してきた。仲間を目の前で失っても、自身の命が危ぶまれても。死に物狂いで、必死に。
けれども彼らが対峙してきたのは専ら巨人であって、人に対して刃を向けるなんて行為今迄にしたことなどない筈で。そうすることに何も思わない程血も涙も失ったわけでもなくきっと彼らにも何かしらの葛藤があっただろうが、…それでも、彼らを選んだ事に後悔は無い。リヴァイはそうハッキリと告げた。


「…あの、ルピさんは…」

「あぁ、…アイツは少し"特別"だからな」

「……リヴァイ兵長、一つ…聞いてもいいですか」

「なんだ」

「"ルヴ"って、何ですか?」


エレンがそう言ってリヴァイに顔を向けるも、リヴァイは変わらず前を向いたままだった。
あの混乱の中でもエレンはその言葉をハッキリと覚えていた。ルピが"ルヴ"になったとは、一体。リヴァイがそれほどまで信用していて、あの四人の表情も一瞬変わったその"ルヴ"とは一体何なのだろうかと。


「…この騒動が収まったら、教えてやる」


お前は知っておくべきかも知れねぇな。そうポツリと独り言のようにリヴァイが呟いた、その時。


「――リヴァイ兵長、ハンジ分隊長がお呼びです」

「…あのクソメガネ…待たせやがって」


行くぞ。そうして二人は、地下から出た。


 ===


ガチャ_


ルピがその場に入ってきた時よりも一層、エレンがその場に姿を見せれば刹那重たくなる空気。「クソでも長引いたか」と言うリヴァイに「そんなことないよ快便だったけど」とサラリと返すハンジの冗談にその場も誰も笑わなかったが、…ハンジは何時もの事とお構いなしに早速説明を始めていた。


「まぁエレン、これを見てくれ」


そうしてハンジがテーブルの上に置いたのは何かを包んだ白い布で、その中から出てきたのは銀のティースプーン。ハンジの話によれば、エレンが出した巨人の右手がそれをつまんでいたらしい。その人差し指と、親指で。


「偶然挟まっていたとはちょっと考えにくいね。しかも何故か熱や圧力による変形は見られない…何か思う事は無い?」

「…っ、確かそれを拾おうとして……巨人化はその後でした」

「……なるほど、…今回巨人化出来なかった理由は、そこにあるのかも」


エレンが巨人化したのは過去に三回。状況は全て異なるが、いずれの状況も巨人化する前に明確な目的があった。巨人を殺す、砲弾を防ぐ、岩を持ち上げる。…もしかしたら自傷行為だけが引き金になっているわけではなくて、何かしらの目的が無いと巨人化出来ないのではないかとハンジは言う。


「確かに今回の巨人化は砲弾を防いだ時の状況と似てます…けど!」


スプーンを拾う為に巨人になるなんて。また掌を見つめ己の能力に疑心暗鬼しているエレン。
…そんなエレンを、神妙な面持ちで見つめる者が四人。


「つまり…お前が意図的に許可を破ったわけではないんだな」


そう言を発したのはグンタ。エレンがそれに「はい」と真っ直ぐな眼差しで答えれば、四人はそれぞれにアイコンタクトを送っていて。
…一体どうしたのだろうかと、何かを決意したようなその表情を追っていると。皆一つ深呼吸して、そして、


ガッ_


「「っ!?」」


その手に、思い切り噛み付いていた。



back