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――壁外調査、前日


その刻は毎日毎日同じだけ同じように過ぎていくのに、この一ヶ月はあっという間だったようにルピは思う。

最終訓練は簡易なもので終わり兵達は明日に備え早めの休息をとっていて、訓練所にいるものは殆どいない。快晴が続いていたのも今日までで空には薄らと灰色がかった雲が広がっていて明日の天候だけが心配されていたが、…ルピにとってはそれだけではなかった。


「――ルピ!」


明日の作戦がいつもと異なるからか、己の中に生れ始めている懸念。木々の間でワイヤにぶら下がりボーっとその空を眺めながらその懸念を馳せていた時、そこへやってきたのはタクだった。
遠征に出ないのに訓練とは相変わらず真面目だなと笑うタク。ルピがじっとしていられないのだと返せば分からないでもないとタクは言い、そうしてルピがいる近くの木の枝にひょいと登ってきた。…こうしてゆっくり彼と話をするのは久しぶりな気がする。


「ペトラ達は元気か?アイツらリヴァイ班だってな、オルオがこの前すげー自慢してきたよ」

「元気ですよ。オルオも相変わらずです」


タクは今回右翼索敵支援班だそうだ。一番巨人に接近する、一番危険な位置。それでも彼は前線に立てる事をとても誇らしく思っていて、ルピはそれを見て少し安心した。
皆本当に強く、勇ましくなった。いつ命を賭してもおかしくない状況で、けれども彼らはしっかりとその足でこの場に戻ってくる事が何よりで、…そして、明日も。


「…ルピ。明日終わったらよ」

「?」

「ニッグの"13回忌"、やろうな」

「…、はい」


二人の間に一つ、吹き抜ける風。変わらず微笑むタクに、ルピはまだ信じていたかった。

…この胸のざわつきは、昔のそれと同じ事を示唆しているのでは無いのだと。


 ===


ゴロゴロゴロ…


…その夜。久しぶりに、本当に久しぶりに本格的に雷が鳴った。
夕方から降り出した雨が一層その強さを増す中で、まさかとは思ったがその嫌な予感は的中した。どうして今日なのだろうかと、やはり何かの予兆か、はたまたただの嫌がらせかなんて自然の摂理に文句を言ったって仕方無いのは重々承知。
自分も随分大人になってはいる(と自負している)が、どうにもそれだけは克服出来そうにない。あぁ最悪だと思いつつ、ルピは布団を被りながらずっと窓の外へ目を向けていた。


ガチャ_


リヴァイがドアを開ければ布団を被った丸々とした物体がベッドの上から「おかえりなさい」と声を発した。雷を怖がっているだろうと踏んで早めに部屋に帰ってこれば案の定、といったところか。しかしなんだその格好、布団を被れば雷が聞こえなくなるとかその上に落ちてこないとか思っているのだろうか。発想はかなりガキくさいが、敢えてリヴァイはつっこまなかった。


「…明日、大丈夫でしょうか」

「ただの通り雨だ。心配ない」


リヴァイは窓の外へ目を向けた後、名残も見せずにシャッとカーテンを閉め切る。そうして上のジャケット、ブーツとせかせかと脱ぎ出した為、もう寝るのだと思ってルピはゆっくりとその場に寝転がった。


「……あの、リヴァイさん」

「なんだ」


…こんな天気だからか、余計。昼間からある胸騒ぎがずっと止まらない。


「…こんなに不安になるの、初めてなんです」


口にすればそれが拭えるわけでもないし、彼から助言が返ってくる事も無いけれど。その予兆がどんな些細なものでも今まで彼に告げなかった事はない。それはもう、習慣だった。
だから今回も何かを期待していたわけではなかったのだが、リヴァイは何故かルピのベッドに腰掛けてきて丸まっていた布団をベリと剥がす。ひんやりとした空気が頬を撫でて刹那、リヴァイに乱れていた髪をかき上げられて。…パチリと一つ大きく瞬きをしたルピはただ黙ってされるがまま。


「分からねぇでもねぇな。…明日は今までで一番キツイ遠征になるだろうよ」

「……上手く、行くでしょうか」

「そんな野暮な事聞くんじゃねぇ。…成功させるんだ、必ずな」


ゴォゥン_!!


「っ!」


その時、まるでルピのそれに喝をいれるかのように一番大きく雷が音を上げた。

ビクリと一つ肩を振るわせるルピにリヴァイは一つ溜息を吐くと、何を思ってかそのままベッドに片肘をついて横になっていて。
…そういえば雷が鳴ると彼がこうして傍にいてくれたなと、こうして身を寄せ合うのはいつ振りだろうか、なんて。あの頃は何も思わなかったのに、今はそうすることにかなりの羞恥心を煽われているのに気付いてしかしルピはどうする事も出来なくなっていて。


「…ルピよ。お前今年で二十一になるらしいな」

「?…はい、そのようです」

「……ったく、"いい大人"が雷如きでいつまでもビクビクしてんじゃねぇよ」

「…、すいませ、っ!?」


そしてそれはまた、不意に。リヴァイは片腕でルピの頭をグッと己に引き寄せた。


「…っ、!」


抵抗も出来ぬままルピの顔はリヴァイの胸にすっぽり埋まる。トクリトクリと彼の鼓動が耳に良く届いて、ドクリドクリと大きくなる自分のそれはやたら煩く感じて。


「……ルピ、命令だ」

「、?」

「…………死ぬんじゃねぇぞ」

「!」


後頭部にある彼の手に力が篭り、彼の顔が自分の頭の上に寄りかかるのを感じた。かかった声のトーンはいつになく低く、真上にあるその表情は彼の胸に押しつけられている為に見えないけれど。
…ドクリ、ドクリ、鼓動が煩い。こんなにも彼に心踊らされる事もこの時が初めてで、でも、全然嫌な気持ちなんてならなくて、

寧ろこのままこうしていて欲しい、だなんて。


「…、はい」


…必ずまたここへ帰ってくる。この温もりの元に帰ってきたい、そう思った。

ルピはそっと目を瞑った。その意味を込めて、力強く返事をして。



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