03




「――煙弾…緑だ。オルオ、お前が撃て」

「了解です!」


五列中央。この布陣の一番安全な場所をリヴァイ班はただひたすら前を追い、巨人をその目に映すことなく静かに駆けていた。

最初の赤い煙弾が確認されてから随分な時が経っていて、やけにこの静寂が不気味に思える。今のところ"それ"が現れたかどうかも定かではないが、策敵のところで上手く留まっていてくれるのならば上等。緑の煙弾は相変わらず進路を左にとるよう指示していて、恐らくこのままいけば順調にその場所まで辿り付く事だろう。


「……」


…だから、このまま上手く行けば。もしかしたらルピは任に就かずに終わるのではないか、なんて。


「――口頭伝達です!右翼策敵壊滅的打撃!右翼策敵一部機能せず!以上の伝達を左に回してください!!」

「…聞いたかペトラ、行け」

「ハイ!」


浅はかな、賭けだった。


パァン_


刹那上がった黒の煙弾。青い空を染めるように上る三本のそれに、エレンが「奇行種か」と声を上げる。


「エレン、お前が撃て」

「っ、ハイ!」

「何てザマだ…やけに陣形の深くまで侵入させちまったな――」


今し方後方で撃ち上がった煙弾が"それ"を指し示すのかまでは分からないが、リヴァイはそう確信していた。きっとその場で誰かがその足止めを必死に行っていてまだまだこの場所までは遠く思えても、それは右翼側が壊滅するほどの脅威。…巨大樹の森まではまだ幾分かある。もしもそれが既にこの場所にエレンがいると確信しているとすれば、きっとそれはすぐにやってくるだろう。


「……」


今ここで"それ"を呼ぶべきか、否か。
リヴァイは選択を迫られていた。


自分達がそれに見つかった場合。罠のポイントまでそれを誘導する間特別作戦班は一切手出しを行わず、その進行阻止をするのがルピに課せられた任務。作戦に参加していない筈のルピが目の前に現れれば、加えてルピのルヴの姿を目にした事が無い者ならば必ずそれに動揺を見せ、一瞬でも視界を奪えれば脳はそちらに反応し足を動かす方の指令に遅れを来す。コンマ一秒でも足止め出来れば上出来。リヴァイ班―エレンからそれを離せられれば十二分以上。
ただ、それはあくまで最終手段とされている。…そう、それが己らの目の前に現れ、出来ることならば森に進入してからがベスト。それまでに何らかの非常事態に陥った場合にはそれを呼ぶタイミングはリヴァイの判断に任されてはいるが、


「……」


今ここでルピを呼べば彼女にとって相当な消耗戦になる事は間違いないが、己らの回避確率はグンと上がる。彼女が早めに姿を現すことによって隊の生存確率も上がるだろうが、早期の時点でこの作戦を訝る者が増えることも確実。
ルピの力を信じて呼ぶか、森付近まで様子を見るか。…余裕を持つか、ギリギリまで耐えるか。


「……――」


リヴァイは誰にも気づかれぬよう、そっと懐に手を忍ばせた。


 

 ===




ピィィィィ_


「――!」


ズシンズシンと低い音ばかりが響いていたその耳に、急に飛び込んできた甲高い音。目の前のケイジはそれにピクリとも反応を見せず、周りにいる兵士も何も変わらない。
…それもそのはず、それはこの作戦の為だけに作られたハンジ特製の犬笛の音で、改良に改良を重ねられた高機能なもの。任務中にそんな音が響いてしまえば作戦に支障が出る為、耳のいい自分にしか聞こえない音(人間に聞こえない範囲の周波数)となっている。

…そしてそれが鳴るという事は、非常事態時の任務遂行の合図。


「…ケイジさん、ハンジさんを呼んでください」


"それ"がだんだんと中央に迫っている事は解っていたが、最初に"それ"が現れた事を告げて以来ルピはその位置をただ一人認識するだけに留めていた。

それもエルヴィンの指示ではある。常にその位置を認識し続け思考をそれだけに支配されて、思うように作戦遂行に踏み込めなくなっては意味がない。ルピはそれがどこにいるか分かっていても出る幕はリヴァイの判断による為そこでじっとしているしかないのだが、
…そうしてその音を確認次第自分が向かうは"それ"の元で、そして、そこで。


「――どうした、ルピ」

「犬笛が鳴りました。向かいます」

「…!あとちょっとで森なのに…早くも位置がバレたのか」

「分かりませんが…それが中央に向かっているのは確実です」

「…分かった。馬を寄越すから待ってて」

「はい」


ドクリ、ドクリ。ルピはまたその手に、キュッと力を込めた。



back