01




「――ほ〜ら、サッパリしただろぉ?」


身の潔白が完璧に晴れたワケではないがとりあえず先に身体を潔白にしようということで、ルピはハンジに風呂へ入れられていた。
しかしハンジ一人で何かあっては危険だといつも"彼女に手を焼かされている"モブリットの懇願を無視するワケにもいかず、見張りも兼ねてナナバも一緒に入っている。


「はい、すごく気持ちいいです。…ええと、おふろ?でしたっけ?」

「ははっ、それはよかった!」


ルピはその日、初めての体験をする事が多かった。檻から出され、そうしてハンジの後を付いて歩いたこと。人の後ろについて歩くなんてしたことがない。通りすがる人達がハンジに向かってお辞儀をするので自分もそれを真似たら、すごい変な顔で見られた。ハンジには礼儀正しいね、と言われたが。

そして、お風呂。水浴びならファルクやルティルとした事があったが、温まった水(お湯)に入るのはこれが初めてで、表情にこそ出さないがかなりルピは興奮していた。


「風呂にも入ったことないって?…一体どんな生活を、」

「ナナバ」


し〜っ、と泡だらけの人差し指を口元に持っていくハンジを見て、ナナバはその言葉の続きを飲み込む。チラリとルピを見やるも彼女は何も気にしていないようで、寧ろ泡だらけの自身の身体に夢中で話自体聞いていないようだった。


「はい、終わり!」


上から温かい水(お湯)をザパリとかけられて、ルピはフルフルとその顔を振った。…犬みたいだ、と少し可笑しくなったが、ナナバはそれも口にせず黙っていた。


 ===


その後。服を借りたルピは用の出来たハンジとは別れ、ナナバに食堂という場所に連れてこられた。

ナナバの後ろに付いて回るそれを皆は興味深く見るが、声をかけようとするものは誰もいない。遠くから、眺めているだけだった。


「食事もらってくるから、そこで待ってな」

「はい」


そう言って去っていくナナバの後ろ姿を眺めながら、指定された席に座る。…すると、テーブルを挟んで向かい側に誰かがやってきたのに気付いてルピはそちらに顔を向けた。
男の人が二人。彼らも食事を取るようで手に持っていたトレイを置くと、ルピの前に座った。


「初めまして、ルピ」

「……はじめまして、」

「俺はゲルガー。こっちはトーマだ」


よろしくな。そう言って彼らは笑ってくれた。…この人達も、優しい。ルピは嬉しくなって、よろしくお願いしますと挨拶した。


「はい、食べな。…牢ではろくなもの食べてなかっただろ」


そこへ丁度ナナバが戻って来て、食事の乗ったトレイをルピの前に置く。


「ありがとうございます」


いただきます。そう言ってルピはしかしすぐにそれに手をつけようとはせず、しばし眺めていた。
今まで食べてきたもの、見た事あるものが少ない。牢ではパンと、チーズを少し貰った。それは今までも食べてきたから何の違和感もなかったが、目の前で今湯気をユラユラと立てる液体がどうにも気になる。それに、銀色の物体がその疑問をより大きくした。これは食べ物ではない。これは、


「…何、ですか?」

「……スプーン使ったこと無いの?」

「すぷーん?」


その銀色の物体はスプーンというものらしく、そうしてゲルガーやトーマに目をやるとそれを使ってその湯気立つ液体を食べている。…なるほど、そうやって使うのか。ルピも同じようにそれで液体を掬って食べてみた。


「熱っ、」

「…馬鹿。熱いに決まっているだろ」


呆れたように、しかしナナバは笑っていた。

少し冷ましてからそれを口に運ぶと、その温かさがスーッと身体に沁み込んでいくのがわかった。こんなの食べた事がない。感動したルピはそれを夢中で食べ始めていた。


「…おいしい?」

「はい、とても」

「…………お前、今まで何食ってたんだ?」

「…えと、……"肉"、です」

「「肉う!?」」


マリア陥落後、肉や乳製品は専ら値が張るようになった。そのほとんどがマリア内で生産されていたからだ。随分裕福な食生活を送っていたんだなと思う傍らで、…しかしどこか皆憐みの目を向けることを忘れない。
彼女の素性(分かっている範囲)は全兵士に告げられている。彼女はあまり笑わない。言葉もそんなに流暢ではない。…きっと、良い教育もされてこなかったのだろうと誰しもが思っていた。


「…?」


リヴァイが監視に付くという事で誰も彼女をここに置く事に遺憾を示さなかったが、言わないだけで彼女に恐怖を―不審を抱くものが全くいなかったと言えば嘘になる。
しかしルピはそれにしっかりと気づいていた。相手の目を見れば自分をどう思っているのか一目瞭然で、そうして近づいてこないのはイコールそういう事なんだって。

…それでも、別に気にならなかった。自分に優しく接してくれる人がいるだけで、ルピには十分過ぎる待遇だった。



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