ズシンズシンズシン_
「――!?な…何の音…!?」
「右から来ていたという何かのせいか…?」
リヴァイ班が森に進行して刹那右後方から響いてきたその音は、しかしもうすぐそこまでに迫っていた。先ほどから見ればその進行はかなり遅れたように思えるが、…差し迫るそれを聞くと彼女でも相当足止めに苦労しているのかもしれない。
「お前ら剣を抜け」
「「!?」」
「それが姿を現すとしたら――」
ズシンズシンズシンズシン、
「一瞬だ」
「「――!!!!」」
鮮明に聞こえ出した音と共に上がっていた彼らの鼓動はそれが右側背後から姿を現した瞬間に大きく跳ね上がっていた。
まるで獲物を見つけたような獣の目。ニタリと張り付くような笑みを浮かべるその姿に、そしてその速さに誰もが絶句していて、一気にその場の空気に戦慄が走る。
「クッ…この森の中じゃ事前に回避しようが無い…!」
「速い!!追いつかれるぞ!!」
「兵長!!立体機動に移りましょう!!」
「……」
誰もが声を荒げていた。無理も無い。見た事もないその女の型をした"奇行種"の脅威は語らずとも瞬時に彼らの心を支配する。
…しかし、リヴァイは彼らのそれに答えなかった。チラリと後方、それを確認してすぐに前に振り戻る。
「っ!…背後より増援!!」
その時。女型の後方から後続部隊の二人の兵士がそれを必死に追ってきているのが皆の目に映った。二人同時にアンカをそれに刺し止めようと試みるが、
「「!!!」」
女型は左手でうなじを守り、その背中で、そしてもう一人を鷲掴みにして木に押し付け彼らを瞬殺した。…まるで、虫けらを扱うかの如く。
「っ、…兵長!指示を!!」
「やりましょう!!あいつは危険です!!俺達がやるべきです――!!」
それを目の当たりにし顔を青ざめさせながら誰もがリヴァイに指示を求める。普通の巨人の比でない、これは異常だと、誰もが身の危険を感じていた。
そんな中リヴァイは変わらずずっと前を見て走り続けていたが、…その時だけは振り返って、そして、
「全員、耳を塞げ」
キィィィィィィ_ン!
刹那その場に、甲高い音が鳴り響いた。
「「…っ!?」」
「音響弾!?」
「…お前らの仕事は何だ?その時々の感情に身を任せるだけか?」
「「…!」」
「そうじゃなかったハズだ。この班の使命は…そこのクソガキにキズ一つ付けないよう尽くす事だ。命の限り」
「「!!」」
そうしてこのまま馬で駆けると言うリヴァイに、彼らは「了解」と一言返しただけでそれ以上何も言わず、もう振り返ろうともしなかった。
エレンは、それにかなり疑念を抱いた。一体どこまで駆けるというのか。そうして今も後ろから増援が来ていて、自分達が援護しなければまた殺されてしまうというのに。
「エレン!!前を向け!!」
「…グンタさん!?」
「歩調を乱すな!最高速度を保て!!」
「……!?」
グンタもエルドも…いや、ペトラもオルオもその顔色は当初から変わっていない。それでも彼らは先ほどと違って取り乱してなどいなくて、…でも、エレンにはやはりそれが何故か分からないままで、
「リヴァイ班がやらなくて誰があいつを止められるんですか!!」
そしてまた一人、また一人と。その間にも命を賭していく兵士達。
「っまだ一人戦っています!今なら…まだ間に合う!!」
「エレン!前を向いて走りなさい!」
「戦いから目を背けろと!?仲間を見殺しにして逃げろってことですか!?」
「っ、ええそうよ!兵長の指示に従いなさい!」
「見殺しにする理由がわかりません!それを説明しない理由もわからない!何故です!!」
「兵長が説明すべきではないと判断したからだ!!それがわからないのはお前がまだヒヨッコだからだ!わかったら黙って従え!!」
それに言葉に詰まったエレンはそれ以上何も言わなかった。しかしいまだ果敢に一人で戦っている兵士に目を向けたまま、…何を思ってか自身の右手をその口元に持っていく。
「…っ、」
…その時、エレンは気付いたのだ。
――自分は、一人でだって戦えるのだと