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「エレン!?何をしているの!!」

「っ!」


エレンの口がその手に触れる直前。その行動を止めたのは、ペトラ。

…あの実験以来、エレンが巨人化する事は無かった。その時巨人化出来なかったのはリヴァイ班に殺されるかもしれないという思いが妨げになっていたのではないかという動機が推測され、加えていろんな懸念が浮き彫りになった為、無理な実験は行わない方が良いと判断されたからだ。


「それが許されるのはあなたの命が危うくなった時だけ!」


明確な目的がないと成立しないその力を確実に駆使出来るという根拠もないまま壁外で使うのにはまだリスクが高すぎて、エレンがその力を行使するのは最終手段…そう、エレン自身の命が危ぶまれ、"己を助ける"という明確な目的が成立する場合のみと決定付けられていたのだが、


「私達と約束したでしょう!?」


しかしペトラがそう言っても、エレンはその手を口元からどけようとしない。確かに今もその場合に当て嵌まらないわけではないが、リヴァイがこのまま馬で駆ける事を決めたのにはそれなりの訳があるのを他の四人は理解していた為にその制止に必死になって、…いや、どうだろう。巨人化したエレンが暴走し、その女型ごと隊が潰される事を懸念しているからかもしれない。


「エレン」


その心中は誰にも分かり得ない。…そう、それは逆にいえば、
彼らにも今のリヴァイの心中を知る由もないということ。


「お前は間違っていない。…やりたきゃやれ」

「っ、兵長!?」

「俺には分かる。コイツは本物の化け物だ。…巨人の力とは無関係にな」

「「!」」

「どんなに力で押さえようとも、どんなに檻に閉じ込めようとも…コイツの意識を服従させる事は誰にも出来ない」


トロスト区襲撃から三日後、エルヴィンと共に地下に幽閉された彼の元へ行った時。エルヴィンは憲兵団の意見よりも自分達の意見よりも、何よりもエレンの意志を尊重した。ウォール・マリアの壁を塞ぐという飛躍的手段にはその巨人の力が必要であって、しかしエレン自体にそれを行使する意志がなければ意味がないのだから。
そうしてリヴァイがお前のしたい事は何だと問えば、彼が返した答えは「調査兵団に入ってとにかく巨人をぶっ殺したい」と、…その時の声、表情、そして眼差しに溢れたそれが恐ろしいほどの敵愾心だった事をリヴァイはハッキリと覚えている。


「お前と俺達との判断の相違は経験則に基づくものだ。…だがな、そんなもんはアテにしなくていい」


――選べ


自分を信じるか。特別作戦班の仲間や調査兵団組織を信じるか。


「…俺にはわからない。ずっとそうだ」


リヴァイが彼を止めなかったのは己が過去に幾度となくそういった選択を迫られる場面に遭遇していて、…そう、つい先程の自分と今の自分が重なるような気がしたからか。


「自分の力を信じても」


己の判断によって、


「信頼に足る仲間の選択を信じても」


エルヴィンの作戦によって、


「…結果は誰にもわからなかった」


――ルピがいまだここに姿を現さないという事は、
イコール"そういうこと"


「だから…まぁせいぜい悔いが残らない方を自分で選べ」


エルヴィンの命を信用して、己の選択を信じて、ルピの力を信頼した結果こうなってしまった、

…いや、違う。

あの時ルピを呼んだからここまで女型との接触を避けられた。あの時ルピを呼んでいなければこうしてこの場を全員揃って走っていない。


「エレン…信じて」

「っ…」


…そうだろう。


「っ、――」

「エレン!遅い!!さっさと決めろ!!!」




――なぁ、ルピよ




「…っ、進みますっ――!!」


力強く発された声。エレンは仲間を、調査兵団組織を信じる事を選択し、手綱を力一杯また握りしめ前を向いた。




「――っ目標加速します!!」


ポイントまで後僅かという時。女型は姿勢を低く構え、その足に力を集中させた。後続班はもういない。…そしてルピはやはり現れない。

本当にその命を賭したのだろうか。…いや、生きている。彼女が命に忠実である事を一番よく理解している自分が、自分がこの場でそれを信じなくてどうする。
いっ時の感情に流されていたのは自分も同じではないのか。…"最後"まで信じろ。ルピは必ずその任を全うする。


「走れ――!!」


――ルピは、必ず戻ってくる



ガサッ_!


「!」


その時。女型と特別作戦班の一瞬の隙に、


「っな――!?」


真っ白な何かが宙を舞った。



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