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「――ふん!!」


ドスドスと、いまだ女型めがけて撃たれるその音が森中に響き渡る。森の外で待機している兵の大半はこの音は何ぞやと訝しむばかりだろう。何故この巨大樹の森に来たのかも、ただただ木上待機の意味も何一つ明かされないままに。


「これでどう?もうかゆいとこあっても掻けないよ?身じろぎ一つ出来ないよ多分一生」


傷を塞ごうとすればするほど関節がより強固に固まっていく仕組みのそれに女型が悶える様をまさに今眼前にしたハンジはかなり滾っているようだが、しかしこの作戦は何もそれを捕らえた快挙だけで幕を閉じはしない。…そう、この作戦の本質は、ここからだと言っても過言ではなかった。


「…しっかし、肝心の中身さんはまだ出せないのか?何やってんだよリヴァイとミケは――」


ハンジがそう言って刹那、女型の後方、二つの影が宙を舞う。ルピはいまだルヴの姿のまま、それをエルヴィンの横で眺めていた。


ガキンッ_


乾いたその音を聞いたのはこれで何度目だろう。調査兵団の実力トップの二人が出せる限りのスピードと力を持って今も尚そのうなじを削ごうと挑んでいるのだが、削げるどころか刃さえ通らず寧ろ削がれているのは刃の方。鎧の巨人はその名の通り鎧のように硬い身体を持っていて全身が硬化するタイプだったらしいが、この女型も同じような性質を持っているらしく身体の一部を硬質な皮膚で覆うことが出来るようなのだ。ただ鎧の巨人とは違いその硬度を保ち続ける事は出来ないようだが、それでもリヴァイとミケがそれに狙いを定め触れる直前にタイミング良く硬化して削がれる事を防ぎ続けている。

このまま立体機動の白刃攻撃を続けていればそれが弱っていくのかはエルヴィンにも分からなかった。ずっとこの状態を保っていられるわけではないし、ずっとこの場にい続けられるわけでもない。この女型ごと壁内に運ぶなどそれこそ不可能。…だから、一刻も早くその中身に出てきてもらわねば困る。目的はその中身をひっぱり出すまで達成されない。中身の人間から調査兵団の悲願である情報が、この世界の真相そのものが手に入る事が出来るかもしれないのだから。


「ねぇリヴァイ!ブレードがダメならルピに噛み砕いてもらうのはどう?」

「…馬鹿野郎。ルピの顎が砕け散って終わりだろうよ」


チラリとリヴァイがルピに目を向ける。彼女はあれからずっと白いままを保っていてただただその女型を眺めるばかり。…リヴァイはその様子に少し違和感を感じ始めていたが、そうは言っても今はこの中身とのご対面を急ぎたいところではある為、特にそれについて本人に直接言及するような事はしなかった。


「…仕方ない。発破の用意を」


そうしてエルヴィンはしぶしぶその手をふっ飛ばす措置に移行した。常備している物の威力は莫大でその中身ごと吹き飛ばしてしまう可能性もある為、手首を切断するような形で仕掛けが進められていく。

それを捕らえてから、どれくらいの時間が経っていただろうか。一向に出てくる気配のないそれに辺りには焦燥や疲労が漂い始めていて、…リヴァイには憤懣が溜まっていた。


「オイ…いい加減出てきてくれないか?こっちはそんなに暇じゃないんだが」


中身を引きずり出す方法を考えては試しを繰り返しているこっちの迷惑も考えて欲しいもんだと、女型の頭の上でリヴァイは不満を吐き続ける。色々なやり方で己の部下を殺していたそれに対する憤りは計り知れない。
…あれは楽しかったりするのだろうか。虫けらのように人を殺して、ゴミのように扱って。巨人化していても中身は人間の筈で。同じ種族を殺すという感覚は、楽しかったりするのだろうか。


「俺は今楽しいぞ。なぁ…お前もそうだろ?お前なら俺を理解してくれるだろ?」


己が巨人を殺す様に。そうして今、それを追い詰めているこの状況に。
それは今何を思っているのだろうか。焦っているのだろうか。慄いているのだろうか。余裕綽々なのだろうか。表情は見えないし、恐らくその顔を覗いたって何も分かりはしないのだろうけれど。


「!…ルピ、」


…そしてそれは、今の彼女も同じだった。突然リヴァイの隣に舞い降りてきたルピはしかしやはりルヴを解こうとはせずにそのままうなじの方へと降りていき、手でガチリと守られているその場所の匂いをクンクンと嗅ぎ始める。


「…無駄だ、ルピ。怪我が増えるだけだ、やめておけ」


リヴァイにはその行動が、先ほどハンジが言った事を試そうとしたように映ったのだろう。その声を聞いてルピは一つリヴァイに顔を向けると、今度は腕の方へと歩んで行く。
…リヴァイは特にその行動を気に留める事無く、「一つ聞きたい事があった」とまた女型に話しかけていた。


「お前の手足は切断しても大丈夫か?また生えてくるんだろ?」


…リヴァイのその声を聞きながら、ルピはこの時ようやく人間に戻っていた。

間近で改めて感じる彼女の匂いが間違いなく本物で、その表情には複雑しか浮かんでこない。…正直ルピは迷っていた。自分はもうこの女型の中身を特定してしまっているが、それをエルヴィンに伝えるべきか、否か。だから今迄ずっとルヴのままでいた。何もかもを悟られないようにする為、…否、その正体を明確にしてしまう事を拒んでいたのかもしれない。


「お前自身の本体の方だ、死なれたら困るからな」


ドクリ、ドクリ、上がる鼓動。…分からない。ここで彼女の正体を叫べば、この状況は果たして打開出来るのだろうか。仮にそうしたとして、何か過ちを犯す事にならないだろうか。

彼女がそうなった理由、そうした理由。自分を殺さないで他の兵士たちは惨殺して、そこまでして彼女が求めたモノ。全てが頭の中で渦巻いて、…もしも、彼女にも何かしらの"慈悲"が残っていたら、なんて。


「…お願いです、出てきて下さい」


後ろに回された二の腕の隙間、垣間見える金髪の向こう。…ルピは願うように小さく、"その名"を呼んだ。


「――」


――それが悲劇を招く引き金となる事を、知らずに



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