09




スゥゥゥ_


「「っ?」」


それは、ルピの耳にも、女型の頭の上にいるリヴァイの耳にもハッキリと届いていた。
今迄何も(話せるのかは定かではないが)発さなかったそれが突然出した、音。それは諦めの溜息ではない。大きく息を吸い込むような、どこか意気込むような、そんな音だった。


――ドクリ


…嫌な予感がした。背筋を何かが這うのを細胞が拒むようなざわつき。何かが起こるような気がして、そうしてルピが咄嗟にリヴァイの元へ向かった、

その時。


ぎいゃああああああああああああああああああ_!!!!


「「「!!!!」」」


空をも裂くような叫びが足元から轟き、まるで地鳴りのように辺りに振動を齎す。近くにいた兵達は即座に耳を塞ぎ、全てをなげうつかの如く上げられた悲鳴が全身に響くのを拒んでいたが、…しかし一番近くで、且つダイレクトにそれを耳に入れたルピは一瞬気を失ってしまっていた。クラリと崩れ落ちた身体を、それに気付いたリヴァイがかろうじて片腕で抱きとめる。


「ってめぇ…ビックリしたじゃねぇか…」


ほんの一コマの、出来事。それが波紋のように外へ響き終われば、そこには先ほど広がっていたよりも静かな空気が漂っていた。

それは最期の悪あがき、断末魔というやつだろうか。巨大な身体から発されたそれはただ迷惑極まりないと誰しもが思う中。
…エルヴィンは、どこかそれに違和感を感じていた。感情的な発声にしてはピタリと止まったそれ。…そう、それには、

――何か意図があるのではないかと


「――っ、」

「…ルピ、平気か」


ボウと頭がぼやけていたのは一瞬だったように思うが、すぐ近くにいるはずのリヴァイのその声がやけに遠くにあるように感じてルピは耳に手を添えた。…叫びの圧によって片耳の鼓膜をやられたのだろうか。鮮明に聞こえるそれが今は聞きとりづらくて、少し抑えればズキリと痛みが走りルピは少し顔を歪める。


「…右の鼓膜を…やられたみたいです」

「…身体に支障は」

「今はありません。多分すぐに、」


ズシン_


「っ、!?」


パッと顔を上げルピは遠くに目を向ける。その仕草をリヴァイは今まで何度となく見てきていたが、


「っ、リヴァイさん――」

「――エルヴィン!」


ルピが言を発した時とほぼ同じくして声を荒げたのはミケだった。…二人が感じとったもの。二人が共通してこの壁外で感じ取るものなんて、一つしかない。


「巨人が、全方向からこちらに向かってきます…!」

「、なんだと…!?」


片耳をやられ気付くのが些か遅くなったのかもしれないが、一斉に同時にこの場を目指す音が多数…しかも全てが早急にこの場に向かっているのにルピは気付いた。それらは恐らく森の外で待機していた兵達に群がっていたであろう巨人達だろうが、…しかし、それが何故今になって一斉に同時にここを目指したのかが分からない。全てが全て奇行種だったなんてそんなの偶然にしては出来過ぎている。


「発破用意を急げ!」

「エルヴィン!先に東から来るすぐそこだ!」

「っ、荷馬車護衛班、迎え撃て――!!」


何か、巨人達にそうさせる"何か"があったのではないか。…そう、何か、巨人達にしか分からないような"合図"が、


「ルピ、木に移れ。お前は耳が治るまで戦闘に立つな、いいな?」

「っ、…分かり、ました」


リヴァイに命じられ即、ルピは一番近くの木に登った。

一番初めにここにつくであろう巨人は三体で、ようやく視界に入ってきたその大きさは十四メートル級が二体と三メートル級が一体。全てが全速力を保ち続けていて、それぞれに一人ずつ護衛班の面々が迎撃態勢をとったが、


「「!?」」


それは三人を無視して通り過ぎていってしまった。一体何を目指しているのか誰にも分からず、「やはり奇行種か」と一人が声を上げる。
…ただ、それらが真っ直ぐ向かうその先には、リヴァイが乗る女型。


「オイ…てめぇ…さっき何かしやがったな」

「リヴァイ兵長――!!」


一つ二つとはた迷惑なソイツの頭をリヴァイは力強く踏み潰し、来る二体の十四メートル級に向かった。コイツらの狙いが何なのか分からないままに、しかし戸惑う事無く二体のうなじを立て続けに削ぐ。
その間三メートル級の一体がその足元を縫い進んでいて、…そしてそれは誰もが予想だにしていなかった行動をとった。


ガブッ_


「「!?」」


それは女型の足に、食らいついていた。



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