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「――っハンジ!ルピを見てねぇか!」

「?…見てないよ!…え?何?いないの――?」


チッ。あからさまに大きく舌打ちをしたリヴァイの横で、エルヴィンはその姿を探そうとまた眼前の情景に目を向けていた。
彼女がリヴァイと共に女型の頭の上に乗っていて、叫び終わった後に己から見える位置の木の上に移った事までは知っている。そうした理由は今し方リヴァイから聞かされた訳だが、戦闘に加わっていないのならば同じ場所にそれはいる筈。

…しかし、その姿はどこにも無い。


シュウゥゥ_


死骸から立ち込める蒸気は先ほどに比べれば無くなってはいるが、それでもまだ数メートル先は真っ白で視界は悪いまま。もしもルヴとなってその場にいるなら紛れて分からないだけかもしれないが、…しかし撤退命令は下したもののこのままでは信煙弾の連絡に支障をきたしそうだと、


「……!」


思って刹那。…エルヴィンの脳裏に、ある事が過った。

蒸気に紛れる。視界が悪い。…超大型巨人が出現し、そしてその姿を消した時。まるで手品のようにその巨大な身体は一瞬にして無くなっていて、その時にもかなりの蒸気が立ち込めていたそうだ。超大型巨人も人間が巨人化したものならばエレンの時と同様姿を消した後でその場にいた誰かにその姿を見られていてもおかしくはないが、しかしその姿を見た者は誰もいない。
…それは、何故か。それは、蒸気に紛れて素早く逃げたからではないのか。人間業では到底無理な話ではあるが、…予め中身が立体機動装置を身に付けていたとすれば、


「っ、アイツどこ行きやがった――」


それはいつかハンジが己に話した推論で、誰にも公表はしていない。もしもその推論が成り立つのならば、今もそうしてその中身が逃げ出した可能性は捨てきれない。…加えてルピが突然姿を消したとなれば、その理由は、


「…特別作戦班の元へ向かったのかもしれんな」

「、俺達に断りも無くか?」

「この作戦に置いて、諜報員と接触以降…行動の権限は彼女に殆ど委任してあった筈だ。…その場の判断は、自身に任せると」


エルヴィンはリヴァイに目を向けないまま、淡々とそう語る。確かにそうではあったが、彼女が本当にそのような行動に出るとは考えにくい。…しかし、この場にいないとなれば考えられる線はそこにしか引かれない事もリヴァイは分かっているつもりであって、特にそれに言及するような事はしなかった。


「…とにかく、俺の班を呼んでくる。奴らそう遠くに行ってなければいいが、」

「待て、リヴァイ。ガスと刃を補充していけ」

「…時間が惜しい。十分足りると思うが、…何故だ?」


そこでエルヴィンはようやくリヴァイを振り返った。「命令だ、従え」と、その時の彼の眼差しの奥にある何かまではリヴァイは気付けなかったが、


「…了解だ、エルヴィン」


お前の判断を信じよう。そう言って刹那、撤退の合図を知らせる信煙弾が打ち上げられた。




 ===




「――どうやら終わったようだ」


巨大樹の森、東のずっと奥。木の上で待機していた特別作戦班の目に飛び込んできたのは、空の青とは異なる色の青い煙。


「馬に戻るぞ!撤退の準備だ!」


あの女型の叫びは彼らの耳にもハッキリと届いてはいたが、…しかしそれの意味を誰もがただの断末魔だと思っていて、特にそれを気に留めてはいなかった。


「だそうだ。中身のクソ野郎がどんな面をしてるか、拝みに行こうじゃねえか」

「本当に…奴の正体が…?」


今迄に遭った事などなかった特殊な巨人。その強さを目の当たりにし、誰もがそれに慄いた。しかしそれを捕らえたという快挙、そうして下った撤退命令。その意味をも誰もがその中身が引きずり出され、己らにも知らされていなかった作戦が見事成功したのだと確信していて、


「エレンのお陰でね」

「え…?俺は特に何も、」

「私達を信じてくれたでしょ?あの時私達を選んだから今の結果がある。正しい選択をすることって…結構難しい事だよ」

「オイ、あんまり甘やかすんじゃねえよペトラ…こいつが何したって言うんだ?みっともなくギャアギャア騒いでいただけじゃねえか」

「う…」

「今回はエサ以上の働きは何もしてねえよ」


彼らはルピと別れて少し進んだところに馬を繋いでいて、それから立体機動に移りはるか奥まで進んでいた為にその場所まではまだかなりの距離がある。撤退命令が出るまで―またリヴァイの命があるまで今までこの森の静寂が億劫で仕方なかった彼らは、その緊張感から解放されたせいだろうか。その長い道のりの中で、酷く穏やかな時にその身を委ねていた。


「まぁ…最初は生きて帰ってくりゃ上出来かもな…だが、それも作戦が終わるまでだ。まだ評価は出来ん」

「…、」

「いいかガキンチョ、お家に帰るまでが壁外遠征だからな」

「もう…分かりましたって――」


…絶望へのカウントダウンが、始まっているとも知らずに。



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