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ヒュン_


風を切る音が嫌に右耳に障り続け、思った以上に速度が上がらない。巨人の足音とは違って立体機動の音は聞き取りづらく、右耳も利かないから余計その範囲もかなり狭められている為に彼女が今どこを飛んでいるのかは把握出来ないままに。
ルピはただひたすらに彼らの元を目指していた。


「……」


…ドクリ、ドクリ、と次第に大きくなる己の中の警鐘が齎すは焦燥ばかり。彼らの匂いは次第に近づいてはいるが、距離はなかなか縮まらなくて、


パシュ_


「!」


その時だった。左方向から上がった緑の煙弾。その方向は彼らがいる方では無い。一体誰が…なんて言わずもがなで、この辺りにいる人間はきっと自分が想定している範囲内の者。そうして自然と脳裏に思い浮かぶは、最悪の事態。
…彼らがそれを班長からの"合図"だと判断してしまったら。必ずそれに応え、合流へと動くだろう。

ダメだ、応えてはいけない。煙弾を、上げてはいけない。
それはリヴァイではない、それは――


パシュ_


「…!」


けれども、虚しくもその願いは届かなかった。刹那上げられた同じ色の煙弾が前方に広がって、ルピはギリリと奥歯を噛みしめる。彼らの元に着くのは互角か、もしくは自分の方がコンマ一秒遅いくらいか。…このままではマズイ、何か手を打たねばと頭をフル回転させた。彼女がそれと接触を謀る前に、先に自分と合流できる手を、




ワォーン_


「「「!」」」


彼らがその声を聞いたのは、グンタが煙弾を上げ数メートル進んだ後だった。煙弾が上がったのは彼らから見て右斜め前方だったが、その声が聞こえたのは先程自分達が向かっていた前方から。彼らはその煙弾がてっきりリヴァイからの連絡だと思っていて合流の合図だと踏んでいたのだが、


「今のは、ルピ…?」

「この森に"獣"なんてルピしかいねえだろ」

「…しかし、煙弾が上がった方向とは違うな」


彼らは一旦その足を止めた。リヴァイとルピが互いに違う進路を取るだろうかという懸念の元だ。リヴァイと合流する、イコールそこにはルピもいるのだと、それはもう二人で一つのように数えるのは昔から兵団にいる者にとっては至極当たり前の事。加えて二手に分かれて探すよりもルピの能力の元に探す方が効率が良い事だって誰しもが分かっている。
…しかし、何故ルピが声を上げたのかが分からない。今迄彼女がその声を上げた事は無かった。煙弾が使えない時の撤退の合図に今後採用される事になってはいたが、現に今も煙弾は快晴の空へと撃ち上げられていたのに。


「…どうする、エルド」


何かあったのだろうか。はたしてそれが自分達へ向けた合図なのかも何の合図なのかも定かでは無いが、無視できる代物でもない。リヴァイとルピが二手に分かれている説が薄らぐならば、その煙弾を上げた主が誰か見当が付かない今、


「ルピの元へ向かおう」


エルドの一言で、彼らは一斉に踵を返した。


 ===


ルピはそれを捉えた瞬間、焦燥が少し和らぐのを感じていた。目の前に現れた五人の姿。まだ彼女の姿も匂いもそこには無い。
誰一人欠けていなくて、そして皆が自分の声の元へ向かって来てくれたことが嬉しくて。ルヴになって駆けていたルピはこの時ようやく人間に戻ったが、


「っ、…!」


クラリと脳が揺れる。不覚にも片膝をつくほどにその足を止めざるを得なくなってしまった。右耳から広がる痛みが動悸の如く、急に止まったせいか波のように押し寄せて視界が少し霞んで持っていかれそうになった為だ。
ルヴになっていても一向に治るどころか寧ろ酷くなっているそれに、少し無理をしすぎただろうかと少し顔を歪めながらようやく立ちあがった、

――その時




「――ルピさんだ!」

「…ルピだけか?兵長は?」

「本当だ…別行動だったのか?」


見えていた大きな白が小さな緑の塊に戻ったのを彼らはその目にしっかりと捉えていた。彼女がその場から動こうとしないのもただ単に自分達の到着を待っているからだとばかり思っていて、ただただその場にリヴァイの姿が無い事だけが疑念であって、


「ん?…誰だ――?」


…しかし、その時。一番先頭を走っていたグンタは、すぐ傍を自分達と同じように駆ける影が一つある事に気付いた。


「リヴァイ兵長――」


――いや、違う


「っ誰だ!?」


グンタがそう言を発して刹那、


ヒュンッ_


彼の背後を、緑の翼が舞った。



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