「――!」
ルピがそれに気付いた時にはその影がグンタの背後を舞った後だった。耳の負傷と今し方の不良によりその思考回路が―機能が一時低下していたからか、緑のマントから放たれるスメルが彼女の物ではない事に惑わされたからか、彼らの姿を目に入れて安堵に浸ってしまったからかは定かではない。
――油断した
その一言に尽きる。
「っえ?ちょっとどうし――」
影が通って直後グンタの身体は急にガスの噴射を止めたその勢いで隣の木に叩きつけられる。後を追っていた四人には何が起こったのか分からなかったが、…ダラリと宙ぶらりんになって動かないグンタの身体。
そのうなじが、パックリと切られているのを四人は見た。
「っ、グンタさ――」
「エレン止まるな!!進め!!」
その姿に衝撃を受けたエレンがその足を止めようとしたのを、オルオが力づくで引っ張った。
…グンタが殺された。先ほど目の前を横切った"緑"によって。その速さからして立体機動を付けてこちらを襲ってきているのは一目瞭然。狙いは恐らく…いや、確実に、
「っ誰だ!!」
「エレンを守れ!!」
ルピの目にもそれはハッキリと映っていた。巨人を殺すと同じ戦法でグンタを殺すなんてまるで冒涜。ブレードを抜き、それを握る拳に力が入って止まない。
…ドクリ、ドクリ、上がる鼓動。今し方の不良を忘れ力強く大地を蹴りあげたルピは、こちらに向かってくるペトラ達の元へと飛んだ。
「クッソ…よくも!!かかって来い!!最低でも刺し違えてやるから!!」
「っルピ!一体どうなってる!女型の中身か!?それとも複数いるのか!?」
「…中身です、捕獲には失敗しました」
「っそんな!どうして!!」
「っ、」
エレンのその言葉にルピは一瞬声を詰まらせる。蘇る叫び声。痛む耳。…そして、己の、
――ゾワリ
刹那、体中に走るざわつきにルピが背後を振り返ると同時。
カッ_
「「「!!!」」」
激しい閃光が辺りを包み、直後響くは巨大な足音。ルピも彼らも何度も耳にした、戦慄の音。
「…来るぞ!」
まさか彼女が再び巨人化出来るなんてルピは思ってもみなかった。そうしてあの時と同じようなスピードを上げてくるとなれば、その力はまだ健在で、絶大。
…想像の範疇にそれは存在し得ない。"奇行種"においてそういったモノを何度も経験してきた筈なのに、どうして今はこんなにも己の動揺を誘うのか、なんて。
「女型の巨人だ!!」
「っ今度こそやります!!オレが奴を!!」
「だめだ!俺達三人で女型の巨人を仕留める!…ルピ!お前はエレンを連れて全速力で本部へ戻れ!」
「っダメですエルドさん、あの巨人を殺すのは不可能です」
彼らは知らない。何故そのうなじからそれを引きずり出せなかったのか。何故それがこうしてあの罠から逃げてこられたのか。女型の巨人が己らの何枚も上手で自分達の想像を遥かに上回っている事。…あのエルヴィンですら、出し抜けなかったそれを。
「っそれでも行くんだ!このままじゃ追いつかれる!俺達が足止めする!」
「っ、なら私も、」
「っルピ!俺達にはお前を擁護する義務があるのを忘れたか!?俺達が守るべきなのは何もエレンだけじゃねえんだ!!」
「!…でも、」
「オレも戦います!!」
「だめだエレン!これが最善策だ!お前の力はリスクが多すぎる!」
「何だてめぇら…俺達の腕を疑ってんのか!?」
「「…!」」
「そうなのエレン、ルピ…私達の事がそんなに信じられないの?」
「「!!」」
ルピは三人の顔を見た。消えない畏怖の中でも、力強いその眼差しを。
「…あの女型は硬化する能力を持っています。くれぐれも気をつけてください」
「強い上に硬いってか?!上等だぜ畜生め!!」
エルド、ペトラ、オルオ、三人がブレードを持つ手にグッと力を込める。それを見たルピも同じように一つブレードを握りしめ、そして三人とは逆を…前を向いた。
「…エレン、行きましょう」
仲間を信じる。振り返ってはいけない。彼らの思いを背負って自分は前に進み続ける。
…変わらない、そうだろう。今迄も今も、そしてこれからも。
「……っ、我が班の勝利を信じてます!ご武運を!!」
二人は、ガスを噴射した。