ルピとエレンが前を向いたのを確認して即、三人は女型の方へ飛んだ。
先陣を切ったのは、エルド。女型にそのまま突っ込むと見せかけ巻きとったアンカーを後ろへ飛ばし、ガスを逆噴射させ女型の視界を煙で覆った彼はそのまま後方へと飛んだ。
伸びてきていた女型の手はエルドを掴む事無く空を切り、そのモーションがそこで一瞬止まって刹那、そこへ煙に紛れてペトラとオルオが双方からブレードを構え突っ込んで行く。
…二人が同時に狙うはうなじではなくその両目。人間でも巨人でも全ての感覚を目から受けていると言っても過言ではない。いくら女型が他の巨人とも奇行種とも違えどその意は変わらない筈で、目が見えなければその行動に多大な支障を来す。
バシュッ、ドオゥン_!!
不意を突かれ両目を失った女型はそれでもうなじを守る事を徹底しながら、バランスを崩し後方の木に倒れ掛かった。
「(視力を奪った!少なくとも奴は一分間暗黒の中!)」
「(それまでに仕留める!!)」
「(捕獲などクソ食らえ!!)」
今殺す。ここで惨めに死ね。クソ女型に報いを。…それぞれが胸中に意を抱えながら、女型と一旦距離をとった。足止めをするだけならばそれで十分だが彼らはそこから離れようとしない。ルピが言っていた「殺すのは不可能」という言葉を信じていないわけではない。ただ足止めをして逃げるのが、今の彼らの意にそぐわなかっただけだ。
少なくともその巨人の中にいる人間は、自分達と同じ人間。それに仲間を目の前で殺され続けどうして黙っていられようか。調査兵団の一兵士として、エレンを守る―その為に選ばれた精鋭として、何としてでもそれをここで食い止めるのだと。
「(やはり…目の回復を待つか!)」
女型は両手でうなじを守ったまま、木に凭れたまま動こうとしない。ルピのように鼻や耳が優れていれば別だろうが、やはり視界が無ければ思うようにその巨体を動かせないのだろう。…しかし、こちらには当然その回復を待ってやるという義務も義理も善意も慈悲も無い。
トントンとエルドは右腕を上げその脇の下をブレードの柄で指しペトラとオルオに合図を送った。その意を察した二人は即座に頷くと、エルドの指した場所―女型のそこへと刃を向ける。
バシュッ_!
いとも簡単に削がれていく肩周りの筋肉。三人はそこを重点的に狙っていた。そこを削ぎ落しさえすればその腕は上げていられなくなる。どんなに自身がそうしようと思っていても、その神経を断ちさえすればこっちのもの。
止まることなく、三人はその肉を削ぎ続けた。一分は長いようで短い。相手の動きが止まっているのだけが幸運。…その機を逃す手など無い、ただ一心にそれを仕留める事だけを念頭に。
「腕が落ちた!!次は首だ!!」
「首を支える筋肉を削げば、」
「うなじが狙える――!!」
「――声掛けなしでいきなりあんな連係がとれるなんて…」
エレンは終始、その光景を見続けていた。仲間を瞬殺し続けていたそれを今彼らがいとも簡単に、一方的に追い詰めている光景を。
「強えっ…!」
「リヴァイさんに選ばれた精鋭ですから。…私よりもずっと強いですよ、彼らは」
仲間同士で信じ合っているから。自分がいない間も彼らが幾度となく死線をくぐってきたのを知っている。そうして困難を乗り越えてきたからこそ、グンタを失った直後でもあんなに強い。
「…仲間の死を嘆くのではなく、その命を無駄にしない事の方が大切なんです」
ルピはエレンがそうしている間、一度も後ろを振り返らなかった。エレンはそれに気付いていた。…彼女も、彼らと一緒でとても強いという事にも。
――進もう
調査兵団という組織を、仲間を信じるという事。振り返らずに皆を信じて進めばきっとそれが正解なんだって、ようやく分かった気がしてエレンも前を向いて進もうとした、
…その時だった。
――ドクリ
一つ波打ったルピの心臓。血液を送り出す動脈が大きく動くと同時に、何か不吉な予感が静脈から戻ってくるような、そんな感覚。
――俺には分からない
何故か唐突に蘇ったのはいつかリヴァイに言われた台詞。…それが今し方エレンの脳裏に同じように過っているなど知る由も無く、しかし何故それが今、自分の中で、
「――エルド!!!!」
「「っ!!」」
甲高く呼ばれたその名に込められた感情にまたと心臓が反応を寄越す。エレンが足を止める。ルピは初めてそこで、後ろを振り返った。
「っ、ぁ…うわぁああ――!!!」
「…エレンっ」
悲痛な声を上げその方へ向かって行くエレンをルピは追った。彼の背中越しに見えたその光景は、…女型の口から落ちていくエルドの姿。
「っ、…!」
どういう状況だったのかルピは知らない。ただ肉が削がれるその音を聞きながら、足止めをすると言った彼らを信じて、そうして必ず彼らはそれを成し遂げると信じていたから前を向いて走り続けた。
…なのに、エルドは噛み砕かれその命を奪われた。何が起こっている、何が、
「ペトラ!!早く体勢を直せ――!!」
オルオの叫ぶ声が聞こえ、巻き取られるワイヤーに身体を引きずられ体勢の整わないペトラをルピは眼前に捉える。
何もかもがスローモーションのように見えて、しかしドクリドクリといつにも増して早く大きく心臓が跳ねる。ペトラの前には女型。蒸気の上がる左目。妙に威圧感を持ち異様な恐ろしさをもたらすは唯一開かれた右目。…それが捉えるは、
「ッペトラ!!!!!!」
ルピも思わず叫んでいた。ジワリと汗が滲む。心が焦る。
瞬間女型が走る。それは一目散に、彼女の元に。
早くしないと、殺される、間に合わない、ダメだ、
待って、
どうして、
やめて、
「ペトラ早くしろおおおお――!!」
ドォゥン_!!
「ーーーーッ」
ルピの眼前、ペトラは女型に踏み潰され、
――殺された