「――…ねぇリヴァイ、私はあんな"偽りの情報"教えた記憶はないんだけど」
「……何の話だ」
ルピをナナバに預けた後、ハンジはエルヴィン達と合流していた。
彼女を任せるのはハンジの"頼れる"部下モブリットでも良かったが、男だと彼女も最初は嫌がるだろうという気遣いからナナバになった。もちろんそれもリヴァイの合意の上。事情説明を行った時唯一他の者と反応が違ったのがその二人とその他数名であった事を確認した上での人選だった。
「あの時だよ!あれじゃまるで私が"嘘つき"じゃないか!」
「あぁ、…柔軟に対応してくれて感謝している」
「ちょっと酷かったんじゃないか?あんな嘘、」
「エルヴィンもそう思うだろう?」勢い任せにそう振って来たハンジにエルヴィンはただ微笑むだけで何も言わない。
「じゃあ何だ、既に巨人の腹の中だって言った方が良かったのか?」
「それは…」
「その方がアイツにとっては酷だろう」
彼らの生死は定かではない。かといってそのまま曖昧にしておくのは彼女の為にならない。天秤にかけられたままでは必ず"迷い"が生じるからだ。
だからといって死んだと言ってしまえば後々ひょっこり生きて出てきた時にこちらに分が悪く、だから生きていると言っておいた方が何かと都合がいい。サラリとそう言ってのけたリヴァイに今度はハンジが何も言わなくなった。
「しかしだな、ローゼ内にいると分かったら必死こいて探すんじゃないか?」
「…そうだね。…それにもし再会したら彼らの元に帰りたいと思うかもしれない」
確かにその説は否めない。彼女の唯一の存在だったそれが近くで生きていると分かったならば、どうにかしてでも会いたいと思うだろう。ルピがあの時泣きもしなかったのは、きっとまだ"その"可能性を信じているからだと誰もが思っていた。
「…いや、アイツはそんなことはしない」
…リヴァイ、以外は。
「アイツの"過去"を聞いた時、どう思った?」
「どうって…そりゃ、可哀想だと思ったよ」
「そうか。…俺はそうは思わなかった」
彼女が今求めているものは家族の温もりではない。人との、"繋がり"だ。巨人にさえそれを望んでいたぐらいである。唯一それを知っているリヴァイだからこそ、あの誘導尋問が行えたと言っても過言ではないのかもしれない。
彼女は典型的なのだ。優しさに飢え人恋しさにその身を震わせてきた以上、差し伸べられた手を振りほどくような事は絶対にしない。何が何でもそこに縋りつこうとするだろう。彼女はきっと与えられたもの全てを受け入れようとする。…初めて出来た"関わり"を、失わない為に。
「"人類の希望"が扱いやすい奴で良かったと思っている」
アイツは利口だ。リヴァイはそう言って一つ紅茶を啜った。
「…"人類最強"の男は扱いにくいがな、」
「……何か言ったか、ミケ」
「いや、何も」
リヴァイは紅茶を飲み終えるとそそくさと立ちあがっていた。彼がこれから行かんとするところ、そして行う事を思ったエルヴィンはようやくその声を発する。
「リヴァイ、」
「なんだ」
「……お手柔らかに、な」
努力する。そう言ってリヴァイは、その部屋を後にした。
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「――ごちそうさまでした」
ルピは用意されたそれをぺロりとたいらげていた。スープの入った皿なんてまるで洗った後かのように何の残跡もなく、パン屑でさえ散らばっていない。随分綺麗に食べるんだなと、そこにいた誰もが驚いていた。
「…そういう教育はちゃんとされていたのね」
「?…食べ物は残してはいけないって、」
「そうだ。エライぞ、ルピ!」
そう言ってトーマが笑う。この食事中もゲルガーとトーマはよく笑っていた。ルピは話に入れなくとも、それを眺めているだけでとても楽しい気分に浸っていた。
「――ルピ!」
「!」
その最中でも、その声にいち早く反応したのはルピだった。振り返ればそこにリヴァイがいて、ルピは来いと言われてもいないのにそこへ駆け寄っていく。その後でナナバ達はリヴァイに軽く会釈をし、去りゆく二人の背を見ていた。
「……あの兵長が"子守り"かぁ」
「訓練兵になるまでの間、兵長が特訓するらしいよ」
「マジかよ?!それアイツ巨人と戦う前に死んだりしねえか?」
「どうだろうね。…でも、」
その姿が消えるまでその光景を眺めていたナナバがポツリと呟く。
「…あの子は必死に頑張ると思うな」
…何故だろう。自分の隣にいた時よりも、彼女がとても生き生きしているように見えた。