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ズシンズシン_


…それはまるで、目覚めの合図のように。次第に回復する意識の中、しかしその音がやたら篭っているのを感じながら、ルピは薄らとその目を開けた。


「っ、…?」


しかし、視界は目を瞑っている時と変わらず暗い。身体を動かそうにも動かない。何かに挟まれて…いや、包まれているような感覚。そこから伝わる熱は己の身体を火照らすのには十分すぎる程熱く、締め付けられているような感触はないのに息苦しさを感じる。
ドクリドクリと波打つように巡る血液はただ単にその熱さだけのせいではないようだった。ミシミシと軋むように所々が疼き、次第に痛みを伴っていく。

ズシンズシンと聞こえる音はすぐ間近で、そのリズムに合わせるように自分の身体も揺れるのが分かった。意識すれば包まれるそのスメルに気付いて、そうしてルピはようやく自分がいる場所に気付かされたが、


「……っ、」


一体何故、どうして、自分が、


――彼女の手中にいる


…何故、生かされている。それが分からない。

あの後、ルピは一度意識を取り戻していた。その時に即座に目に飛び込んできたのは巨人化したエレンの首が吹っ飛ぶ光景。それにブワリと細胞達が奮起して、刹那女型に飛びかかったのを覚えてはいるが、…その後の記憶がプツリと途絶えている。

恐らくそれに何らかの衝撃を与えられたのは確実。しかし、エレンはどうなった。今何が起こっている。女型はどこに向かって、


「――っ、」


…その時。
ルピは幽かに、近くに二つの気配を感じた。


 ===


「っ…!」


明らかに変わったリヴァイの空気に、ミカサは少なからず恐怖を感じ取った。この短期間に彼の意を損なう何かがあったのかは分からない。彼女の所在を知らなかったからか、関係無いその左手の事を話したからか、


「…いいか、よく聞け」


リヴァイが発したその声も先程とは打って変わって低い。けれどもその次の言葉に、ミカサは酷く驚かされる羽目になる。

――あれはルピだ、と


「っ、どういう、」

「まぁ黙って聞け。ルピはその身体を獣に変える事が出来る能力を持っているんだが…あの状態のまま捕まっているという事は、一応意識はあると見做していい」


ルヴの状態で気を失うと必ず人間の姿に戻る事は確定されている事実だった。よってその意識がハッキリしているのか朦朧としているのかは定かではないが、彼女は生きているという事にはなる。
…この時リヴァイの中ではミカサにはないある"怪訝"が生まれてはいたが、しかしリヴァイはそれを考えるのを後回しにして話続けた。


「…目的を二つに絞る。まず…女型を仕留める事は諦める」

「っ、ヤツは…仲間をたくさん殺しています」

「あの硬化させる能力がある以上は無理だ。俺の判断に従え」


後はエレンが生きている事に全ての望みを懸けるのみ。女型が森を抜ける前になんとかしてそれを取り戻さなければならない。…森を抜けられたら、自分達はもう立体機動を使って追う事は不可能になる。馬も持ち合わせていない以上、タイムリミットはかなり短い。


「俺がヤツを削る。お前はヤツの注意を引け」

「……」

「先にルピをあの左手から奪う。その手からルピが落ちたら即…お前はルピの意識を戻す事だけに専念しろ」

「!?」


エレンが生きていたとしてもその意識を取り戻す事は難しいかもしれない。どちらにせよ負傷している彼はきっとその身体を動かすのは不可能で、己らが運ばなければならないだろう。ルピに至ってもそうだが、しかしルヴのままの巨大な彼女を運ぶなんて事は二人掛でも無謀なのが目に見えている。何としてでもその姿を人間に戻してもらわねば、この場を四人揃って切り抜ける事は厳しい。


「寧ろ気絶させても構わない。殴ってでも蹴ってでも必ず"人間の姿に戻せ"、いいな?」

「っ、分かりました」


リヴァイの声に戸惑いや躊躇いなど無かった。ミカサは一つ返事をすると、ガスを噴射し女型の前へとその身を進める。
ズシンズシンと変わらず前を見続け走り続けているそれ。左手から覗くその白が相変わらず揺れ動く。


…それが狙っていたのはエレンだけの筈だった。なのに、どうして、


「……」


ギリリとブレードの柄が潰れる程に無意識に手に力が篭っていくのを感じながらそれを構え直して刹那、女型がリヴァイの方を振り返る。即座にうなじを守っていた右手で拳を作り、己目掛けてそれを放つ。


「ルピを…」


…本当は、理由なんて今はどうでもよかった。ただ、今は、それだけがリヴァイの本望。


「返せ――!!」


リヴァイは飛んでくるその右腕に、ブレードを突き付けた。



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