「――っ!?」
…その声は、ルピの耳にもハッキリと届いていた。
刹那グワリと揺れ動く巨体と、次に響くは肉が削がれる音。手中のルピにもその音は一つ一つ鮮明に聞こえていて、それを誰がやっているのかは見なくとも一目瞭然。
…でも、どうして、どうして彼がここに、
「――!!」
リヴァイは飛んできたその腕の流れに乗るように、その上をまるで回転式の武器の如く渡る。血飛沫がその凄まじさを物語るかのように噴き出す中、女型の眼前まで迫ったリヴァイはブレードをその勢いのままに自身の両手ごとその両目にブッ刺した。
視界を奪われた女型がクラリと傾くがそれでも左手の拳は握られたまま開かない。リヴァイは一旦距離を取り、刃を付け替えると即その左腕目掛けて飛ぶ。
バシュッ_!
ダラリと垂れた左手。ゆっくりと開かれる掌。
「っ!」
ドスンっ_
急に開けた視界から重力に従って自身の身体が落ちていくのを感じてしかし、ルピは突然のそれに上手く対応する事が出来ず、思い切り地面の上に落とされた。
「――ルピさんっ!!」
「!?」
軋む身体を何とか起こした時、かかった声を振り返ればそこには知った顔。ルピは今の姿を見られた事を咄嗟にマズイと判断して人間に戻ったが、戻ったら戻ったで余計確定要素が増えるだけかと、いやしかし戻ってしまったからには今更かと、いやいやしかしこの姿のままでその名を呼ばれたという事は彼女が何かしらの事情を彼から聞いているのかと多少混乱。…けれどもそんなルピを尻目にミカサは特にこれといって変な顔をすることは無かったが、その顔にはいつもあるような余裕は見えない。
「よかった…人間に戻ってくれて」
「、え?」
「動けますか?安全な所にいて下さい」
そう言って刹那ミカサは女型の方へと飛んでいく。それを目で追えば視界に入ってくる、目にも止まらぬ速さで女型の周りを飛ぶ緑。
――速い
ズシィン_!!
奪われた視界を回復する余裕も無く、女型は足の腱をザクリと切られた反動で思い切り尻もちをついていた。その振動が地面から身体に響く。それが舞うたびに散る血飛沫の量は上がる蒸気の量を遥かに上回っていて、白いそれは嫌に赤く染まって空へと昇っていく。
「…、リヴァイ、さん」
女型が硬化で防ぐ暇も無い程のそのスピードにまみれる彼の表情は見えない。けれどもその様は、人類の怒りそのものを現しているかのように凄まじく圧があるのを感じた。
それが彼の感情か、と聞かれれば、肯定は出来ないように思う。それでも自分ですら今まで見た事も無いような彼のその姿は、自身の心にズシリと重みを持たせるのに十分で。
…ルピは一つ、膝の上で拳を握った。
バシュッ_!!
削がれ続ける肉の音が木霊する。うなじを守っていたその右腕が落とされ、項垂れた女型の身体が少し前のめりになり、…その急所がミカサの目の前にまるで誘うかの如く露わになった。
――狙える
それの注意を引く事だけを任されていたが、ミカサの胸中からその思いは消えてはいない。エレンを連れ去ったそれを、仲間達を惨殺したそれを、どうしてこのまま見逃す事が出来ようか。
リヴァイに切られ続け、加えて疲弊し切ったであろうそれは最早動けまい。急所を自ら差し出してくれるこの好機。…殺せる。ミカサには今、その一心しか無かった。
女型のうなじに刺されたアンカー。一目散にそこ目掛けて飛ぶ一つの影。リヴァイの目にもルピの目にも、それはハッキリと映っていた。
――ドクリ
「っ、」
己の中にぶり返る惨劇。ルピはまた、声を荒げる。
「っミカサ!!!」
「!っよせ!!」
それに向けられたリヴァイの声はルピとほぼ同時だった。その制止にピクリと一瞬それは反応したが止まる事は無い。落ちていた筈の女型の左手が上がるのをルピは見た。その甲でそれはミカサを弾くつもりだ。
…殺られる、まただ、また目の前で、
――彼女に
「!!!」
ダンッ_!!
左手がピタリと止まる。ルピの方向からはその掌しか視界に入らずその向こう側が見えないが、…一瞬、ほんの一瞬見えたのは、その方へ飛んでいく一つの翼。
「っ!?」
次の瞬間、その向こう側から飛んだ影はリヴァイだった。それが女型の口元へと飛びその筋を立ち切った直後、ガクリと落ちたその顎。…そして、その口の中には、
「エレン…!!」
唾液に塗れ、グッタリとした姿の彼がそこにはいた。