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後方に現れたのは二体の巨人。森から離れる際も巨人が隊を追ってくる事は無かったのに、今になっていきなりどうしてそれが追ってきたのかは誰にも分からなかったが、
…しかしその巨人の前に、駆ける馬が二つあるのをペールは見た。


「あれは…ディター!!」


それはディターと、彼の隣にいたもう一人の男性―ユルゲン。二人とも必死にこちらに向かってきているのが分かるが、ペールはディターの後ろに何かが背負われているのに気付く。
…その背にあるのは、遺体だった。恐らくイヴァンだろう。二人はエルヴィンの命を無視し、独断でその遺体の回収を行うという勝手極まりない行動に出ていたのだ。


「バカが…!!」


巨人発見の声はこの小規模な隊において先頭を走るエルヴィンの元にも直ぐ伝わっていたが、大きな木もなく建物もないこの状態では巨人と上手く戦う術は無い。…エルヴィンは後ろすら振り返る事なく「壁まで逃げ切る方が早い」と判断を下し、リヴァイはスッと馬を後退させる。


「っクソ…俺が奴の背後に回、」

「――止めておけ」


ルピが乗る荷馬車のすぐ隣を並走していた誰か、…そう、巨人だと声を上げたその人がまた声を上げた時、それを止めたリヴァイの声はルピのすぐ間近にあった。


「!兵長…」

「これ以上の二次被害は御免だ。手を出すな、このまま逃げ切る」

「っ、しかし彼らが」

「構うな。これはヤツらの"失態"だ」


――ドクリ


…そのリヴァイの台詞は、やたらルピの耳に残って離れなかった。エルヴィンの命を無視し、独断で行動した彼らのそれは不行跡。自業自得…いや、隊に迷惑すらかけているのだから、それは確かに"失態"だけれど。


「……」


…違う。思い出せ。彼らにそういった行動を起こさせてしまったのは、彼らがそういった感情に陥ってしまったのは、
その全ての原因は、


「ぅ、うああああ――!!」

「っ、」


ユルゲンの悲鳴が上がると同時。…ルピはキュッと己の拳を握り占める事しか、出来なかった。




 ===




カンカンカンカン_!!


英雄の凱旋が鳴り響くカラネス区。己らを迎え入れる人の数や声は、今朝方出ていった時よりも溢れかえっているようにルピには思えた。

エレンは壁内に入る直前にその意識を取り戻していた。女型や作戦はどうなったのかと聞かれたがそれに答えたのはミカサで、ルピは何も言を発してはいない。ルピの事を兵舎に戻るまで内密にするというのも、ミカサが彼に告げていた。


「…もう帰ってきやがった。何しに行ったんだ?」

「こいつらのシケた面から察するにだな――」


見なくとも伝わってくるざわつきは、…しかし聞いていて心地いいものではない。激減した数、早い帰還。調査兵団は納めた税をただドブに捨てるだけの集団だと、浴びせられる罵声にエレンは耐えきれないようで動かないその身体を無理矢理起こしたが、


「かっけー!これがあの調査兵団か!!」

「「!!」」

「あんなにボロボロになっても戦い続けるなんて!!」


聞こえてきたその場違いな黄色い声に、彼はその動きをピタリと止めた。フード越しからチラリと見えたその子供たちの顔は周りの大人の蔑んだ表情とは対照的に明るい。…それがあまりにも眩しくて、ルピがそれから目を逸らした、

――その時


「――リヴァイ兵士長殿!」

「!」


一人の男性がリヴァイに声をかける。あまり気に留めようとはしなかったが、…けれども次にその男性が発した代名詞にルピは胸を詰まらせた。

――ペトラの、父だと


「娘が世話になってます!娘に見つかる前に話してぇことが、」

「……」

「娘が手紙を寄越してきましてね…腕を見込まれてリヴァイ兵士長に仕える事になったとか――」


その声は至極明るかった。…でも、どこか無理をした明るさのような気がして止まない。気持ちを奮い立たせるような、身体中を発起させるような、…そうしないと、全てが崩れそうな。


「可愛い"トモダチ"も出来たって。最初は憲兵に行くつもりだったんですが、その子に影響されて私も調査兵団になるって言った時にゃそりゃ驚きましたけど、」


――ッ


「その子の事がとても大切だって、私が守るんだって…あの娘がそんな事言うの初めてでしてね。……是非、その子にお会いしてぇんですが――」



――変えたいの、私。…ルピと、一緒に



…気付けばルピは、フード越しにその耳を塞いでいた。

もう何も聞きたくなかった。ペトラの父の声も、周りのざわめきも、隣から聞こえるエレンの泣く声も、
…リヴァイの歩く足から伝わる、絶望の音も。




「――エルヴィン団長!!答えて下さい!!」

「今回の遠征で犠牲に見合う収穫はあったのですか!?」

「死んだ兵士に悔いは無いとお考えですか――!?」


…今回の壁外遠征に掛かった費用と損害による痛手は、調査兵団の支持母体を失墜させるのに十分であった。エルヴィンを含む責任者が王都に招集されると同時に、


――エレンの引き渡しが、決まった



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