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「っおいルピ!!」


アーベルが屋根上から叫ぶ。ルピはじっとアニを見上げ、アニはルピを睨み見下ろし続ける。彼女の冷たい眼差しから何かを読み取ろうとルピは視線を一ミリたりとも逸らさなかった。この後、彼女がどう動くのかは分からないから。
ブレードを突き付ける―この行動はルピなりの賭けだった。第二班が体を押さえたとしても、アニの力があれば振りほどかれる可能性だって捨て切れない。…だったら、その"命"を賭ける。そうすれば生身で彼女を捕らえられる可能性が増すのではないかと、

――しかし


「!?」


アニの瞳孔が一瞬大きくなる。"何かある"と直感的に思って刹那彼女の右手親指が動く。ルピは身の危険を感じ素早く離れ、そして、


「皆さん逃げてください!!」

「「!?」」


ドゥオォォン_!!!!


叫んだと同時、アニの親指から血飛沫が舞い、凄まじい爆発音があたりに轟き耳を裂き、空から雷柱が迸り雷光に視界を奪われる。
一瞬の出来事。アニを拘束していた者たちはその爆風で吹き飛ばされ、空高く舞う者、地下へ放り投げ出された者、…恐らく全員が、その命を賭した。


「っ…!」


ルピは間一髪爆発から逃れ、一旦アーベルの元へと戻る。


「くそっ、姿を現しやがった!一体どうやって――」


瞳孔の開きの奥に、勝算めいたアニの確信が見えた。…親指を伸ばした先にあった人差し指に嵌められた指輪。彼女はその指輪から刃を出し、親指を裂いたのだ。
盲点、と言うべきか。彼女が指を動かさなければ目にも入ってこなかったであろうただの装飾品に、


――やられた


その一言に尽きる。




「くそ、やはり一枚上手だったという事か…!!」

「第二次作戦へ移行します」


悔しそうな顔をしているアーベルに淡々と告げ、ルピは立体起動装置を噴射させた。
後悔はいらない。自分にはまだすべき事が山ほどある。「殺すなよ」とこんな時に冗談か本気かは分からなかったがアーベルの言葉を背に受け、
ルピは4日ぶりにそれと今度は真正面から対峙した。


――アニ


目が合う。先ほどとは異なる大きな目。まじまじと顔を眺めてみれば彼女の面影ばかりが反射して、そうして頭に巣食いだすあの時の光景。
複雑な気持ちが渦巻きながら脳を支配しようとするのを必死で悔いとめる。彼女の動向を探る為か妄執をリセットする為か定かではないが、ルピは一旦女型から距離をとった。

女型はその場から動こうとせず、しゃがんで地下道内へ手を突っ込んでいる。まるで探し物があるかのようなその光景は傍から見れば隙だらけのようだが、ルピはまだ動かない。
おそらく地下道表面付近は爆発によって飛ばされた瓦礫だらけだろうが、そういえば彼らはちゃんと生きているだろうかなんて今更な思考、アニの前から飛び逃げた瞬間に垣間見たミカサの行動が無ければ、とっくの昔に確認しに走っていただろうが。


「…!」


女型が地下道から手を抜く。探し物は無かったようで諦めたかのように立ち上がったが刹那、その大きな右足を上げる。何をする、なんてその足が地面に再び戻ってくるまでを黙ってみている訳にはいかない。

彼女の探し物とは。…そう、あの事件で発覚した彼女の本当の目的を忘れていてはならない。彼女の―女型の目的は、


――エレンだ




ドゥォォン_!!


ルピが再び女型に接近し、左足に攻撃を仕掛けたと同時。ルピに気付いた女型は即右手で項を守り、空いている左手でルピを追い払い、そして上げていた右足を一歩大きく踏み出し、地下道を思い切り踏み抜いた。

ルピは女型の左手を逃れ、別の屋根の上に着地し、踏み抜かれた地下道へと目を向ける。
手探りで見つからなければ踏み抜く、という暴挙。言わずもがな地下である為上から人のいる位置なんて分かるはずも無く、巨人にそんな能力があるとも思えないが、…一体、何を考えているのだろう。エレンを殺す気か、それともエレンがこれ如きで死なない事に賭けたのか。

どちらにせよ未だ地下に三人が残っているのならば厄介な行為に変わりは無い。とにかくその足を止めなければと、ルピは再びブレードを構えて宙を舞った。


ヒュン_!


足の動きを制止させるからといってその足を狙っていては意味が無い。足元に群がる虫はその足で追い払うのが通常の心理であるならば、ルピごと地下を踏み抜けば一石二鳥。だからルピは女型の上半身―肩周りを狙う。腕を振り回すほど大きく動かしている最中は足を思うとおりに動かせないであろうと見込んでだ。

案の序、女型の足は止まり、彼女はルピを追い払うことに集中しだす。こちらに配分される力がMAXとなり、女型はその腕を、その足を、思う存分振り回しルピを攻撃してくるが、


「っ!」


女型の振り翳した拳が民家の屋根を突き抜け、その勢いで瓦礫が宙へ飛ぶ。細かい破片がルピの視界を遮り女型の姿が一瞬でも見えなくなったが為にルピは大分離れた場所へと飛んで体制を整え直した。

建物が多くある事は立体起動装置を使用する点で大いに利点となるが、女型の巨人の破壊行為による飛来物が厄介という汚点にルピは今更気付かされることとなる。地形の入り組み具合や建物の間隔の狭さ等を考慮して選ばれた作戦場所だが、かなり戦闘には不向きな場所だ。よってもう少し広い場所に誘導したいところだが、それでも女型は地下道前から動こうとはしない。


「ルピ!大丈夫か!」

「大丈夫です」


飛んできたアーベルにそう言えば然程自分の事は心配してなさげで「エレン達の行方がわからない」と告げられた。念のため第六班が地下出口を確認しに行ったらしいが、地下道で待機していた第三班―地下誘導班ですら姿を見せていないという。


「…巨人になるんじゃなかったのかよ、エレンは」


死んだのか。アーベルの言葉にルピはもう一度地下道へ目を向けた。
女型が姿を現せば第二次作戦へ移行することは彼らも十分承知している筈。地下で怯え固まっているのか、巨人化を試みてはいるが成れないのか、…本当にその命を賭してしまったのか。


「どうする、三次へ移行するか?」


邪魔者がいなくなったからか、また地下道内を上からくまなく探し回っている女型。きっとエレンの存在を確認するまで動かないつもりだろう。三次作戦への誘導はアルミンとジャンだが、…自分では役不足だとルピは思う。何故か。ただの勘だ。


「いえ、アルミン達を待ちます」


きっと彼らは遅かれ早かれ出てくるだろう。今頃地下で話し合いを行っていると…信じたい。
そうしてルピがまた女型の元へと飛び、


「!」


女型が地下道を踏み抜いた、その瞬間。最初に踏み抜かれた地下道右側の大穴から、そして元の入り口から出てきた二つの緑。フードを被っている為誰かは分からないが、きっと三人のうちの誰か達に違いなくて。
女型がどちらかに食いつくと踏んだ囮作戦だとルピは瞬時に理解しそのまま突っ込む。そうして女型がターゲットに選んだのは右側大穴から姿を現した緑。それは、


「アニ…あんたにエレンは渡さない…!!!」


ミカサだった。
ルピはすぐさま踵を返しもう一方の緑の元へと向かった。アルミンあるいはエレンであったならそのまま飛んで行っただろうが、彼女なら心配いらないだろうから。


「っエレン!!!!」


そうして追った緑―アルミンの視界の向こう側。
…エレンは瓦礫の下で、ぐったりと横たわっていた。



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