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「っエレン!!今助ける!!」


エレンは瓦礫の下、かろうじて上半身が見えている状態だった。…死んではない、生きている。しかしアルミンが必死に呼びかけるも応答は無い。


「目を…開けてくれ…!!」


そんな彼の垣間見えた左手に付着した赤。鮮血ではない、酸化した色合いから見て瓦礫に潰されて出血したのではなく、巨人化の為に故意に皮膚を裂いた為のもの。何度も巨人化を試みたのだろう、歯形がたくさん残っているのが分かった。
…それはあの時と、同じ。巨人化実験の際もそう、何度噛み切って流血しても巨人になれなかった過去が彼にはある。結果として明確な意志が無ければ幾ら血を流しても巨人化出来ないのではないかと推測されたが、…しかし、何故今それが否定されているのかがルピには理解できなかった。それは女型を止める、女型を捕獲する、女型を殺す―。あの森での彼の決断が今ここに無いという事実に繋がってしまうから。




ズシンズシン_


アルミンが必死でエレンの上の瓦礫を片付ける最中、エレンの居場所に気付いたのか女型がこちらへ歩みを向ける。


「簡単には…終わらせない…!!」


それを必死で止めようとするミカサ。ルピが見兼ねて飛ぼうとした、その時。


「――っルピさん、…おい何やってんだよアルミン!!」

「!」


姿を現したのは、エレンの囮役ジャンだった。ウォール・マリアにいても外に居れば目撃したであろう空高く迸ったあの雷柱はシーナ全体を明るく照らすほどの光で、きっと彼はいてもたってもいられなくなって馬車から飛び出し、こちらに駆けつけてきたのだろう。
そうしてジャンはアルミンの足元にいるエレンに気付く。「作戦では巨人になる筈だったろ」と愕然とした様子の彼に、アルミンは言った。


「出来なかったんだ。…多分、女型の正体がアニだったのがブレーキになって…」

「なに…!?」


「とにかく助け出さないと」そう言ってまた瓦礫に手を伸ばすアルミンを押しのけ、ジャンは意識の無いエレンの肩を思い切り掴んだ。


「っエレンお前ふざけっんなよ!!いつかお前に頼むって言った筈だよな!?お前なんかに世界や、人類や…自分の命を預けなきゃなんねぇ俺たちへの見返りがこれかよ!?」

「…!」


自身が"人類の希望"であると同様に、エレンもまた人類に必要な逸材であるが故の重みを背負っている事は分かっているつもりだった。けれども味方か忌敵かと未だその"不安定な力"に怯えていない者の方がマイノリティである事を、ジャンの言葉で思い知らされる。…それに命を預けるということが、どれだけの畏怖であるかという事を。

同期でさえも怯える存在…それが、"巨人"――。




――アニが、女型の巨人…?

は!?何言ってんだそんな根拠で――





…どうしても受け入れられない、頭では分かっていても心が追いついていないのだと思う。作戦会議の最中でもエレンが一番それを否定したがっていた。森で戦闘した際にアニ独特の格闘の構えを女型がとった事、その目でしっかりと脳に焼き付けたにも関わらず、だ。
何故、なんて、もう愚問に過ぎない。彼が何か特別な感情をアニに抱いているだとか、どれだけ同志を惨殺されても彼女は同期だからとか、妨げの理由なんてもう探していられなかった。

これは彼自身の問題だ。彼が出来なかったと言えば、それを責める資格などない。ジャンの心境が理解できない訳では無い。ただ、エレンだけに全てを背負わせて戦わせるわけにはいかないのだ。彼がどれだけ人類にとって忌諱であろうと、自分は彼の"味方"であることは最初から変わらない。
…だから私が―仲間が、同志が、支える。共に戦う。命を賭した者の想いを胸に、調査兵団の使命を背に、己の力をその手に込めて。

…ねえ、そうでしょう、みんな――




「っ!離れてください!!」

「「!!」」


ドォウン_!!


二次災害の岩が無数に飛んで来、それはもうルピだけで何とか出来る数では無かった。とりあえず一番大きな岩を砕きに飛んだが、小さなものでも当たれば相当なダメージとなる。
ジャンもアルミンも何とか避けてくれたみたいだが、周辺の瓦礫にぶつかりエレンに余計なダメージを与えてしまった。…最早ミカサだけでは止めきれない。女型は徐々に、確実にエレンに近づいて来ている。


「アニを止めに行きます。三次決行時には合図を」


後は任せました。ルピは二人にそう言うとエレンの顔を横目で見、ガスを噴射した。




「――っ!!」

「ミカサ!」


瓦礫とともに目の前に吹っ飛ばされてきた彼女の身体を支えながら、ルピは民家の屋根に降り立った。大分抗戦していてくれたのだろう、綺麗に見えていた地下道周辺の街並みは今や廃墟同然の荒れっぷりだった。


「…エレンは?」

「生きてますよ。疲れたでしょう、交替です」

「いえ、やれま、――!!」


ドォゥン_!!


女型の拳が飛んで来、二人はとっさに左右に散ったが、女型の攻撃は止むことを知らない。
狙われたのはミカサ。彼女もめげずにすぐさま体制を立て直し、ガスを噴射させ女型に向かって突進する。ルピも迷わずそちらに向かい女型の踵目掛けてブレードを構えたが、


「「!!!」」


女型にその行動が読まれていたかの如く、それは小さく飛んだ。踏まれる、思って刹那アンカーを別の箇所に刺し急上昇した先には待っていましたと云わんばかりに掲げられた大きな拳の影で辺りが暗くなって、そして、


「っルピさん!!」


ダァンッ_!!


「っ、あぶねぇ」


間一髪、といった所か。自身を包む何か暖かいもの、気付けばルピはアーベルに抱えられていた。


「っ、ありがとうございます」

「ただお目付けてるだけが俺の仕事じゃねえからな」


アーベルのヒーロー的なシーンに酔い痴れる暇などなく、今度はミカサが瓦礫と共に吹っ飛ばされていく。もう一人の第四班が彼女の元へ飛んでいくのを確認し、ルピがまた女型の元へ向かおうとした、その時。


「エレン―奴はもうだめだ!三次作戦へ移ります!」


ジャンがそう吐き捨て飛んでいき、…そして女型の前にアルミンが立ちはだかった。


「アニ!!今度こそ僕を殺さなきゃ、賭けたのはここからだなんて負け惜しみも言えなくなるぞ!!」


そうしてアルミンはガスを噴射させ、ジャンの後へ続く。アルミンなりの挑発の言葉に反応したのか女型はすんなりと彼らを追って行った。


「…」


女型の重い足音が遠くなり、急にシン、と静まり返った辺りに、小さな瓦礫の破片がパラパラと崩れ落ちゆく音だけが残る。


「……さて、ハンジ分隊長がお待ちかねだ」


行くぞ。一息つく間もなく、ルピはミカサ、アーベル達とともに女型の後を追った。



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