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ズシンズシンズシン…


「…くる…」


遠くで聞こえていた疎らだった足音が規則正しく動き、そして近づいて来るのが分かってから―いや、その前からハンジはかなり滾っていた。


「…分隊長…目が…泳ぎすぎです」


地下道から少し距離をとった反対側に位置する道沿いで建物の物陰に隠れる第五班―女型拘束班。彼らの前には前回の捕獲作戦で使用されたものと同じ対特定目標拘束兵器が設置されている。数は前回に比べて極端に少ない。前回で大半の兵器を使用してしまい、また新たに製造するとなると巨額の金と多大な手間がかかる為だ。


「っ、!!」


足音が振動に変わり始め、己の身体にも響くようになった時。ハンジの前をジャン、そしてすぐさまアルミンが通過した。刹那女型の大きな顔がハンジの目の前に現れ、待ってましたと云わんばかりにハンジは躊躇無く兵器のトリガーを抜く。
ドドドドドと音を轟かせあらゆる角度から打ち込まれるワイヤ達。女型は項を守る事に呈していたが勢い余ってバランスを崩しその場に倒れこんだ。


ドゥン_!


甚大な振動と土煙が舞う。すかさず屋根の上から鉄の網が女型目掛けて放り投げられ、その大きな体をすっぽりと覆った。

土煙が収まった頃、第四班も現場へと到着した。仰向けで、項を押さえて倒れている女型。まるで鉄の網を布団に寝ているみたいだ、なんて暢気な思考はさておいて、ルピはモブリットの隣へと降り立つ。
少しでも動けばワイヤの軋む音がするのだろうが、女型は倒れたままその身体を動かそうとはしなかった。…恐らく、前回やられた物と同じであることを理解している。動けば余計に筋肉が固定されると分かっているのだろう。


「よぅし!」


足音も物が破壊される音も瓦礫が飛ぶ音も無くなった空間にハンジの声が響いた。「第三次作戦なんて出番はないと思っていた」と呟くハンジは女型の目の前に下りていき、そして、


「いい子だから、大人しくするんだ」


自身の何十倍もある女型のその大きな瞳にブレードを突きつけた。刹那、瞳孔がシュッと縮む。
皆固唾を呑んでハンジの行動を見守っていた。こうして倒れているからといって何をし出すかは誰にも検討がつかない。近すぎてそのまま噛み砕かれるのではないかとモブリットは周章狼狽気味だ(いつもの事だが)。


「ここじゃこの間みたいにお前を食い尽くす巨人も呼べない」


…そう、前回の大敗の原因がそこにあった。けれどもここは三重以上の鉄壁に囲まれた中心部に近い場所、叫んだって誰も"助けに"来てはくれない。だからこそまたこの兵器を使う価値が認められた。あの叫びさえなければ、拘束するのが容易い事は証明済みであったから。
しかし、このままアッサリ大人しく捕まってくれるとは到底思えない。ピクリとも動かない巨体の中で、…今、彼女は何を考えているのか。ルピは瞬き一つすらしないその瞳をずっと警戒し続ける。恐らく皆今は女型のその大きな瞳よりも滾り過ぎて飛び出しそうなハンジの目を恐れているのだろうが、


「でも大丈夫。代わりに私が食ってあげるよ。お前から穿り返した情報をね」


刹那、女型の瞳孔が僅かに動くのをルピは見逃さなかった。


「―っハンジさん!!」

「「っ!!!」」


何かある。そう思い咄嗟に名を叫びハンジがすぐさま屋根の上へ返ったと同時、女型はワイヤの少ない右足を大きく振りかぶった。


「「うわぁぁあ――!!」」


道端に設置されていた罠は兵もろともその右足によって次々となぎ倒され、打ち込まれたワイヤはその衝撃で女型の身体から外れ、ヒュン、ヒュンッと宙を遊び回る。


「っ振りほどいた…!?」

「やはり罠の数が足りなかったか!」


女型はその場にいる兵に目もくれず元来た道を戻っていった。何処へ行く気、なんて言わずもがな。…彼女の探し物はいまだ、瓦礫の下に埋もれたままだ。


「っ追え!逃がすな!!」


ハンジの声の後、ルピはミカサと共に飛んだ。




第三次作戦が失敗に終わった今、この作戦に残された唯一は決行されなかった第二次作戦―エレンの巨人化にある。けれども、今になっても姿を現さないそれに望みをかけるべきか否か、なんて判断を仰いでいる余裕など誰にも無い。
彼が女型の手に渡ってしまえば、それこそ王都へ引渡すことと同じ事だ。前回はリヴァイが居たからエレンを取り返せたが、今は怪我の治療に専念してもらわなければならない。ルピとミカサで何とかできる、なんて恐らくルピもミカサ自身も思っていないだろう。

今は女型からエレンを守る事に挺する。声をかけなくともルピとミカサの心情は一致していた。


「行かせない…!!」


攻撃をしかけたのはミカサからだった。彼女が上半身を狙いに行った為、ルピは様子を伺いながら足元を狙いに定める。女型はミカサに集中している。彼女が囮になっている間、なんとかその足を止めなければと思い左踵に飛びかかろうとしたが、


ドゴォン_!


「っ!」


わざとではなく、故意に。女型は屋根の瓦を削ぎミカサ目掛けて振り払った。これらが良い攻撃道具になると先程からの戦いで学んだのであろう。


「ミカサ!!」


飛来物の処理に追われ体制を立て直せなくなったミカサはふらつきながら、瓦礫と共にその身体を地面に叩きつける。ルピは踵への攻撃をやめ彼女の元へと飛んだ。
第104期訓練を首席で卒業しリヴァイやルピにも劣らない力を持つ彼女を殺されるのも調査兵団にとってはかなりの痛手となることは目に見えている。リヴァイのいう"暴れ馬を止める"とは、死に急がせないということだとルピは勝手に解釈しているが、あながち間違いではないと思う。そうして自身も守られてきた。だから、今度は自分が守る番だ。


「しっかりしてください」


ルピはミカサを抱え女型と少し距離をとった。
女型にとってこれはまだまだ準備体操程度のものだろうが、ミカサはかなり疲弊していた。自分はまだまだ動けるが、それでも限界は必ずやってくる。ルヴになれば多少は持つのだろうが、それはリヴァイからもエルヴィンからも禁止令が出ている為出来ない。

このまま抗戦を続けていれば、果たして何か変わるだろうか。


…果たして彼は、今も生きているだろうか、




ッドゥォオオオン_!!!!




「「!?!?」」


思って刹那彼の方へ目を向けた、その時だった。突として爆発音が轟き雷柱が迸り、辺りが鮮黄色に染まる。
その場にいた誰しもが身体ごとその方向へ向いた…そこには、


「エレンだ…!!」


鯨波を上げながら女型目掛け突進していく、巨人の姿があった。



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