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ウォオオゥォオ_!!!


けたましい唸り声をあげエレンは女型に飛び掛り、右拳を振り上げる。女型はその反動で吹っ飛び、背後にあった建物は無残にも潰れ崩れていった。

堂々とした姿を見せた彼に「今回はまだしも自分を保っているようだな」と言うハンジに、アルミンは複雑げな顔をする。
…そう、エレンは女型―アニに一度も勝ったことがない。それは巨人としての経験値や格闘技の熟練度の差が大きいが、それは気合だけで何とかできる代物ではないからだ。


「!?…どこへ向かう気だ!?」


女型は起き上がって刹那、エレンに背を向けて走り出す。女型が襲い掛かってくると構えて待っていたエレンはすかさず後を追いかける。逃げているのか、はたまた何か目的があるのかは分からないが、その後を調査兵も追った。




ズシンズシンズシン_

_パリンッ!


一巨体一つ走るのが限界の道幅を全速力で彼らが駆け抜ける為、その振動と風圧で民家の硝子が次々に割れていき、


「きゃぁぁぁー!!」


未だ建物の中にいる住人、そして外にいて彼らの存在を知った者達はパニック状態に陥っていた。…作戦の数十分前から始まった第六班による避難誘導では、全ての住人をこの区域から追い出せる筈もなかった。

憲兵団がちらほらと様子を見に来ているようだが、住民ほど酷くは無いがそれでも誰しもが呆然と立ち尽くすばかりで、何もしようとはしていない。…一体誰が想像していただろうか。壁の中で一番安全だと云われ続け、そしてそれを信じ続けて何十年、まさか今日いまここで、巨人が二体も暴れまわっている現実を。


「――女型が平地に入るぞ!」


狭い路地を抜けた先の広場。女型は足を止めそしてエレンを待ち構えた。


「二手に分かれて迂回しろ!」


ハンジの声の後、アルミン、ジャンと第六班が右側へ、第四班と第五班が左側へ向かう。
一瞬、静寂が訪れる。相手の動向を探っているのか双方構えたまま動かない。

ルピは構えるアニをじっと見ていた。一度アニの格闘技を目にしているルピにとって、その構えが当時の彼女を想起させて止まない。…いや、ずっとだ。彼女の顔を目に入れるたび、彼女が攻撃してくるたび、アニの無表情だが綺麗な顔が、

――フラッシュバックし続ける、"あの時"の彼女の涙が


ドゥォン_!!


最初に攻撃をしかけたのはエレンだった。二体は激しい攻防を繰り返し、どちらかが投げ飛ばされればまたどちらかが吹っ飛んでいく。
そうして先程よりも激しく壊されていく建物たち。手を突けば瓦礫が数メートル先まで飛び、巨体がぶつかれば崩れ去り、中に人が居たであろう建物からは火の手も上がり始め、煙が立ち上る箇所が増えていく。


「分隊長、たとえ女型を捕獲できても、これじゃ街が廃墟になるんじゃ…」


モブリットの言うとおり、見渡す限り最早最初の綺麗な街並みは目に出来ない。この暴れっぷりでかなりの死傷者が出ていると思われる。知らされていなかったから、避難が間に合わなかったから。…そんな言い訳を憲兵は思いつくのだろうが、そこに意味などないことをルピは十分理解している。


「…それでもやるんだよ。捕獲網、準備しておけ」


そう、これは綺麗毎で終わせられる程、簡単な問題ではない。多大なリスクをかけてまでこうして巨人二体をここに出現させた意図を果たして人類はどれほど諒承出来るのだろうかなんて、きっとエルヴィンはそんな浅はかなこと、微塵も期待していないのだろうけれど。


ウォォアアア_!!


彼らが移動するたびに調査兵も移動し、何度目かのラウンドで女型は足を硬化させ攻撃するようになった。女型の威力を増したその蹴りが、また怒りを増したエレンの拳が炸裂するたび爆風が吹き荒れ、


ウァア、ヴァア_!!


「…!!」


…互いに引けない戦いに、意地が見え始めた時。女型が初めてその声を荒げた。足に噛みついて離れないエレンに怒りを覚えたのか、痛みに耐えられないのか、それとも彼女の中で何か心情の変化があったのかは分からない。嘆きにも似た、悲鳴にも似た哮り立つ声を上げてエレンの顔を殴りたくる女型。


「っエレン…!!」

「…!?」


動かなくなったエレンを確認してスッと立ち上がりその場を後にしていく彼女に、ルピはその行動を疑った。…何故、彼を攫わない。周りにどれだけ調査兵がいようが彼女にとって我々は虫けら同然、邪魔されたところで瞬殺するだけ、それなのに。


「逃げるぞ!!」


ハンジの声の前にルピは一人動いていた。「お前はお前の思うとおりに行動しろ」という、リヴァイの命を胸に。


――その時




ヴォオオアァァアァ_!!!


「「!!!」」


女型が走り出して数秒もたたないうちに上がった咆哮。聞いたことのない唸りに皆が一斉にエレンを振り返る。
それは今までで一番力強く、野太く、そして、


「あれは…っ!」


その風貌は、まるで野獣―いや、妖怪のごとし。煮えたぎるような炎の色を纏った血管が体中から浮き上がり、肌色だった皮膚は黒く燃え上がるかの如く変色し、その目に光は見えない。


「エレン!!」

「待て!今のエレンにお前を認識できるかどうか…」


思わず飛ぼうとしたミカサを歯止め役に任命されたルピではなくハンジが止める。
怒りで我を忘れているのだろうか。これがエレンの本当の力―姿なのだろうか。先程とは全く異なる形態に誰もが呆然とし、そしてその場から動けなくなっていた。


ヴォォァァアアァ_!!


「「!!」」


あっという間に追いついたエレンは後ろから女型を羽交い絞めにし、二体は滑り込むようにして壁際まで出、そうしてエレンは項を守る彼女を、まるでりんごを潰すかのごとくその頭部を片手で握り上げた。


ギャァァァ、ヴギャァアア_!!


劈くような悲鳴が辺りに轟いた。女型の頬から血しぶきが舞い、蒸気が立ち上がる。エレンの熱で焼け熔けているのかは定かではないが、相当な痛みを受けているのだろう。
ここで決着が――と誰もが息を飲んで刹那、一瞬の隙をついて女型はエレンからすり抜け、思い切り彼を遠くへ蹴飛ばし走り出した。

彼女の目前にはこの世界を守る為にそり立つ壁。
体制を整えたエレンはまた、女型を追う。


「壁を乗り越える気か!?」


指先を硬化させ、クライミングをするように一歩、一歩と壁を登っていく女型。追いついたエレンが両足に食らいつくも振りほどかれ、その衝動で女型の右膝から下は引き千切られたが彼女は腕力だけで壁を登って行く。


「まずい!このままじゃ逃げられる…!!」

「分隊長!あそこ――!!」



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