「エルミハ区を出たら、巨人の領域になるよ」
エルミハ区―ウォール・ローゼへと続く壁門近くで一旦調査兵団は体制を整え直す。立体起動装置の装備、ガスの補充、作戦およびルート確認。エルミハ区からローゼ内に進攻するのはハンジ分隊、リヴァイのいないリヴァイ班のみ。他の者は一旦ここで待機し、報告等状況を見てから動く。全員をいきなりローゼ内に散らしてしまっては伝達が行き届かない。何せ今の調査兵団は人数が極端に少なすぎるからだ。
エルヴィンはリヴァイとも別行動をとるようで、そそくさと姿を消してしまった。また何か考えがあってのことだろう。
エレンは大分調子が戻ってきたようで「馬には乗れそうか」とのモブリットの声掛けに元気よく返事をし、そうして馬が準備してある西側のリフトへと向かおうとした、
「モブリットちょっと待って」
その時。街の様子を見に行っていたリヴァイとニック司祭が帰ってきて刹那、ハンジは彼らの元へと足を近づける。
エルミハ区はシーナから突出した区域。巨人が多数攻めてきた場合、直ぐにシーナ内へ移動出来るよう住民達は壁門近くへ避難誘導されている最中にある。まさか巨人が一番安全なウォール・シーナへ侵攻してくるなんて、微塵も考えた事などない住民達の今の心境は計り知れない。
…今までそんな光景を見たことなど無かった彼にそれがどんな風に映ったのかは分からない。その顔はここへ来た直後よりも青ざめている気もしたが、
「何か気持ちの変化はありましたか」
「……」
答えないニック司祭。
「っ時間がない!!分かるだろう!?話すか黙るかハッキリしろよ!お願いですから!!」
あの時―壁上でニック司祭を追い詰めた時よりもその声は荒ぶっていた。タメ口と敬語が入り混じる程めちゃくちゃな感情なのだろう。"彼が口を閉ざすのには重要な理由がある"と自ら公言したものの、ハンジが煮え切らない思いを抱え続けていた事がこの一件で十分に伝わってきた。
「…私は話せない。他の教徒もそれは同じで、変わる事はないだろう」
「それはどうも!わざわざ教えてくれて助かったよ!!」
「…それは自分で決めるにはあまりにも大きな事だからだ。我々ウォール教は大いなる意思に従っているだけの存在だ」
「誰の意思?神様ってやつ?」
「我々は話せない」という常套句を聞いたところで話は終わると、…そう思っていた皆の耳に次に入ってきたニック司祭の言葉。
…それは、彼らの斜め上を行く話だった。
――その大いなる意志により監視するよう命じられた人物の名なら、教えることが出来る。その人物は今年、調査兵団に入団した、と
その子の名は――
「――失礼します!104期調査兵、サシャ・ブラウスです!」
バン。突如大音を立てて開けられた扉。普通なら吃驚して一斉に皆その方へ目をやるのだろうが、ニック司祭から出たワードが衝撃すぎて誰もが思考を持っていかれてしまっているのか、サシャへ目を向けたのはルピだけだった。
「あ、あいつ――」
「誰?」
「あの、分隊長殿、これを――」
「とにかく彼女を連れてこい。彼女なら…我々の知りえない真相を知ることが出来るだろう。私が出来る譲歩はここまでだ…あとはお前たちに委ねる」
「分隊長殿、」
「その子…104期だから今は最前線にいるんじゃ――」
会話の合間合間に普通に入っているサシャに、直ぐ後ろにいるサシャに未だ誰も気付かない事の方がルピには衝撃だったが、あえて何もしようとはしないのはいつもの事。
「行きましょう!とにかく急がないと!」と慌てるエレンが振り返って一歩踏み出した際に思い切りそれとぶつかったことで、ようやく誰しもがその存在を認知した。
「サシャ?こんなところで何やってるの…?!」
ぶつかった拍子に倒れこんだサシャへのミカサの冷ややかな言葉。けれどもサシャは無視されていたことよりも重要な事があるようで、直ぐに飛び上がってハンジの前へと出る。
「兵団支部に事後報告に行ったところ、長官殿から分隊長宛の書類をお預かりしました!」
「…わかった、ご苦労さん!」
今まで気が付かなくてごめん。と詫びるかのようにハンジは書類を受け取った代わりに蒸かしたての芋をサシャへと手渡す。
それをこの上なく嬉しそうに頂くサシャ。ルピは特別教官をしていた時にパンを強請ってきた彼女の事をふと思い出しながら、ハンジやエレン達の会話に耳を傾け続けた。
「…それでその104期の子は誰なの?」
「あの一番小さい子ですよ」
「金髪の長い髪で…ええとあとは…かわいい!」
「ユミルといつも一緒にいる子です」
「…!」
「ユミル…!?」
「…?」
その言葉にハンジとリヴァイは互いに顔を見合わせる。それはニック司祭が告げた名の時よりも大きな反応だったが、ルピにはその理由が分からなかった。