05



馬の準備も整いいざ出発、という時。ハンジはウトガルド城を目指す者達とリヴァイをまたと集らせた。一刻も早く出発したそうなエレンに「重要な事だから」と言った彼女の顔には、これまた深刻そうな表情が浮かんでいた。


「先程サシャからもらった書類の件なんだが、」


サシャが長官から預かった書類の中身は、女型の"犯人"であるアニ・レオンハートの身辺調査結果だった。五年前当時の混乱のせいで戸籍資料なんかどれも大雑把な括りでいい加減なもので、加えて管理状態が杜撰なせいで探すのに今まで手間取ってしまったらしい。

エレンの巨人化によって何らかの不都合が生じ侵攻を止め、彼を攫おうとした"同種"の女型の巨人。それに手を貸すとなれば余程アニを慕っていたとか、若しくは"同種"であるとか、単なる集まりではなく明確な理由のある共謀だとエルヴィンもハンジも踏んでおり、だから彼女の一番近くにいて親しかったであろう104期を隔離した。
…そして、その書類からその明確な理由となり得る事柄が一つ、浮上したのである。

――104期に二名ほど、アニと同じ地域の出身者がいる、と


ライナー・ブラウン
ベルトルト・フーバー


「は…?」


エレンはまた、愕然とした表情を浮かべた。…女型の犯人がアニだと知らされた時と、同じように。

その事実に加えてこの二人は前回の壁外調査の"誤った"作戦企画書によってエレンが右翼側にいると知らされていたグループに所属していた。最初に右翼側が壊滅的破滅に陥った事を思えば、アニ―女型の巨人が出現したのも右翼側だと推測できる。
…ただ、これで何が決まるって訳ではない。彼等がアニと同郷だからってアニが女型だと知らなかったという事もあるだろうし、二人して共謀していたとも限らない。


「訓練兵時代の三人の関係性などが知りたい、どう思う?」

「…ライナーとベルトルトが同郷なのは知っていましたが……アニとその二人が親しい印象はありません」

「俺も二人がアニと喋ってるのはあまり見たことがないような…まぁ…アニは元々喋んなかったけど、」


その後ミカサは「覚えてない」と言い、サシャは「彼女は顔に似合わず甘いもの好きだ」といういらない情報を開示し、この時ルピも訓練兵時代の彼女の事を思い出していた。
付き合いは短期間だが、それでも彼女はいつも一人でいるような印象が強かった。対人訓練は得点に加算されないお遊びだと言って上手くサボってみたり合理的なところはあるとは思うが、…それでも誰かと企んで何かをしそうな印象はないし、それを自ら持ちかけるような事はしなさそうだとも思う。

けれども、これはあくまで彼女の表の顔の話。本当にライナーとベルトルトが共謀者なのであれば既に彼等はアニが女型だと知っていて、三人でずっと行動しなかったのも周囲に何かを悟られぬようにしていたと考えるのが吉。…彼等も"同種"で巨人化できると考えるのが凶。そしてもし彼等が"同種"ならば、


「巨人化するとその人の風貌が現れますよね。ライナーとベルトルトが鎧の巨人や超大型巨人に似ていると思ったことはありませんか」

「っ!?…まさか!!」


ルピの突然の発言に誰しもが顔を強張らせ、エレンはその声を荒げた。まさかこんな短時間で彼等がアニの共謀者で巨人にも成れるなんて発想、誰も準備していなかったから。


「……僕達は超大型巨人を二回も見ていますが…それでも、どちらかに似ているとは思えませんね…」

「私もです」


超大型巨人は大きすぎて中にいる者の風貌が反映されないのかもしれない、とハンジが言う。生憎今ここにいる調査兵の中に鎧の巨人を見た者はいなかったためその確認は出来なかったが、


「いや…でも同期としては、その疑いは低いと思います」


…やはり、一番に否定するのはエレンだった。


「無口なベルトルトはおいといても…ライナーは俺たちの兄貴みたいなやつで、人を騙せるほど器用じゃありませんし…」

「僕もそう思います。ライナーは僕とジャンとで女型の巨人と戦っています。ライナーは危うく握りつぶされる直前で――」


意外にもアルミンがそれに乗っかった為、信憑性の高い情報かもしれないと(エレンには失礼だが)思った矢先。アルミンは何かを思い出すような素振りをし、口を閉ざした。


「…どうした?」

「ライナーは逃げられたんだけど……アニは急に方向転換して、エレンがいる方向に走っていったんだ。…僕も、推測でエレンは中央後方にいるんじゃないかと話していたけど…アニに聞かれる距離では無かったし…」

「話してたって、その三人で?…エレンの場所を気にしている素振りはなかった?」


ハンジの問いに、アルミンはハッとする。


「エレンの場所を話したのは…ライナーにその事を聞かれたからでした。……それに、あの時女型の巨人が凝視していた手の平に刃で…文字を刻むこともできたかもしれない」


ライナーなら。
考え込んでいた顔を上げエレンに向けられたアルミンの表情は、震えていた。


「は…?何だそりゃ…なんでそんな話になるんだよおま、」

「エレン!!」


それを信じられないといった顔で凝視するエレン。彼はいつもそう、まず被疑者でなく疑義者を排除しようとする。…その気持ちが分からない訳ではない。けれどもこればっかりは目を逸らし続けていられない現実だということを、いつまでも駄々をこねてはいられないということを、いつになったら彼は分かるのだろう、なんて。
そして、恐らくそうハンジも感じたのだろうと思う。間髪入れずに彼の話を遮ったのは、今は彼等の潔白を証明する時間ではないということを分からせる為だ。


「いや…全員聞くんだ。もし、ライナーとベルトルトを見つけてもこちらの疑いを悟られぬよう振るまえ。勿論、アニ・レオンハートの存在には一切触れるな」


彼らがアニの共謀者であってもなくても、彼らを上手く誘導して地下深く幽閉する必要がある。ハンジの言葉にエレンは何も反論しなかった。…そう、まだ、決まった訳ではない。そしてきっと彼は信じ続けるだろう。その、心の奥で。

そうして「とにかく前線に」と急ぐエレンをまたと止めたのは、…今度はリヴァイだった。


「ここからは別行動だ、後は任せたぞ。お前らはエルヴィンが選んだ即席の班だが…今はお前らだけが頼りだ」


リヴァイ班―特別作戦班。その意味を彼等が理解しているのかは分からないが、しかしその班長がいない事は壁外であればどの班でも大きな不安要素になる。加えて今この場で頼れる一番の戦力の不在も大きな痛手だが、それを嘆いても仕方の無い事も重々承知。


「分かっているな、アルミン。お前は今後もハンジと知恵を絞れ」

「はっ」

「ミカサ、お前が何故エレンに執着しているかはし知らんが…お前の能力の全てはエレンを守る事に使え」

「はい、勿論です」

「それからな、エレン。お前は自分を抑制しろ。怒りに溺れて本質を見失うな」


今度こそしくじるなよ。それはきっと今の状況の事も踏まえて掛けられた言葉なのだろうが、その言葉の本当の意味を知るのは彼とエレンだけ。エレンはグッと拳を握り締め何かの思いを込めると、力強く「はい!」と返事をし、その眼に闘志を宿らせた。


「…それから、ルピ」

「!はい」

「これはエルヴィンからの言伝だ。…"ルヴ"の力の解放を許可する、とな」

「っえ!?それって…皆に晒しちゃう、って事!?」


それに酷く反応したのは何故かハンジ。「私だけのモフモフが」と嘆くハンジに「早く出発しろ」とリヴァイが尻を叩く(蹴飛ばす)。今まで頑なにその存在を憲兵団にも駐屯兵団にも、ましてや調査兵団の新兵にまで隠してきたのに今になって"公然使用許可"が出るなんて、…それ程事態は悪化しており、今後の攻戦を懸念しているということだろうか。

…ドクリ、ドクリ。皆にその姿を"お披露目する"という事。それがまた新たな余波を生む事を、この時のルピはまだ知る由もなかった。



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