06



エルミハ区を出てどのくらい経っただろう。辺りはうっすらと明るさを取り戻し、少しづつローゼの壁がぼんやりと見え始めていた。

ハンジを先頭にその後ろをルピとモブリットが、そのまた後ろにハンジ分隊とリヴァイ班が続く。ルピの耳、加えて夜間走行のお陰で巨人との接触は無くスムーズに目的の場所まで辿り着けそうだったが、動かない巨人の姿さえ視界に映らない事が皆不審だった。
それに聞こえるのは馬が駆ける音、たまに誰かが発する声、風で揺れる草木の擦れる音のみ。それがまた、この不穏な状況に不気味さを加えていて、




ドゥン_!


…そうして順調に駆けた後、目的の場所まであと少しという時だった。


「…?!」


ルピの耳に突如聞こえた何か。


「…ハンジさん」

「どうした!巨人か!?」

「前方で…何かが崩れる音が聞こえました」

「っ、何だって?!」


巨人は人のいる所に集中的に集まってくる。人がいれば内も探るし邪魔な物はどけようとする。しかし、人がいなければ物にも触れない"生物"。ウトガルド城の構造や大きさをここにいる者は殆ど知らないだろうが、城というくらいだからそれはそれはしっかりとした建物だと思うのが通常。


「…まさか、ウトガルド城で皆戦っているのか…?!」


…そんな建物から崩壊の音がした。多数の巨人がいるのか、はたまた鎧の巨人が出現しているのかは定かではない。けれど、何も無いのに崩壊なんて有り得ない。
未だ何が起こっているのかが分からない状況がまた一層の緊張を高めていく。


「くそっ!…アイツ等…無事でいろよ…!!」


戦っていると思われる調査兵は104期と主力部隊ミケ、ナナバ、ゲルガー、リーネ、ヘニング。彼等五人がいればそう問題ないと誰もが思うところだが、一体いつからそこにいて戦っていたのかも分からないし、全員がそこにいるのかさえ分からない。ウトガルド城はその存在すらほぼ認知されていない程の城であり、ガスや刃の補填が出来る場所であるとは到底思えない。

だから、


「――っ、見えたぞ!城だ!」


随分明るくなった空の下、少しの木々の合間から見えたそれは、最早城と言っていいものかどうか分からないほどその形を成していなかった。…ルピが聞いた音はやはり、城が崩壊する音だったのだ。


「二手に分かれる!ルピ、ミカサ、アーベル、モブリット、ケイジは先行して巨人の討伐へ向かえ!」

「「はっ!」」

「残りの者は散開して周囲を警戒、他全てで巨人が群がっている所を一気に叩く!エレンは攻撃に参加しなくていい!"他の敵"との戦闘に備えておけ!!」

「「はっ!!」」


そうしてモブリットを先頭に先行したルピ達。倒壊した城跡に見えてきたのは多数の巨人で秀でて強そうな奴はいなさそうだが、…けれども、そこで戦っている調査兵は見えない。それに、


「…立体起動の音が聞こえません」

「「!!」」


ルピの言葉に、その場に冷たい空気が流れる。注視しても空を舞う緑や茶の姿は無い。…そんな、まさか、主力部隊が。誰しもがそう思い、全滅していない事を祈りながら強く手綱を握り馬を走らせた。


「っ、あれは…!!」


そうして視界にハッキリと捉えられるようになった、地にいる人の姿。最初は"一般人"かと誰しもが思ってしまった。その格好が兵団の制服ではなく、私服姿だったからだ。
一箇所に固まっている104期兵達はその場から動こうとはせず何処か一点を―多数の巨人が群がる方向に目を向けている。巨人が一点に集中しているとはいえ幾らなんでも無防備すぎるが、巨人達が気付いていないのが不幸中の幸いか。


『〜〜〜!!』

「っ、おい誰か飛び出したぞ!」


けれども、数秒も立たないうちにその内の一人―小さな金色が何かを叫びながら突如巨人の群れの方へと駆け出して行ってしまった。何て無茶な行動をと誰しもが思ったが、


『待ってよユミル…まだ、話したいことあるから…!!』


ルピにはその声がハッキリと聞こえていて…そして、悟る。


「私が行きます」


"ユミルといつも一緒にいる子"が、その友達を助けに行こうとしているのだと。


「っ、彼女に巨人が気付いたぞ!!」

「っ私が行きます!」


別の場所から現れた巨人が這いつくばるように小さな金色へ近づいていくのを捉え即、ミカサが先陣を突っ切っていく。この場での指揮権は恐らくモブリットにあるのだろうが、そんな事今は二人には関係ないようだ。…やはり暴れ馬二匹は止められないとアーベルは心の中で思いながら巨人の多い左側―ルピの後を追い、モブリットとケイジがミカサの援護および右側へと進んで行った。




バシュッ_!!


「――っ、ミカサ!!!」

「皆下がって!!後は私たちに任せて!!」


間一髪、といった所か。小さな金色―クリスタはミカサによって救われ、他の104期も調査兵団が助けに来てくれたと分かりその顔に安堵を浮かべた。

ミカサはそう言って即ルピの方へと加勢に飛ぶ。一箇所にかたまり何かに夢中な集団。一体何をそんなに群れて襲っているのかなんて考えたくも無かったが、ルピはとにかくその巨人に襲われている"誰か"を救おうと必死になった。アーベルも加担し、次から次へと巨人の項を削ぎ、辺りを蒸気で一杯にしていく。

――しかし、


「…?!」


項を削いでいく中それらが群がる中心が一瞬垣間見えたが、…そこに居たのは104期の誰かでもなく主力部隊の誰かでも無い事に一瞬気を取られる。


「っ、おいアレまさか…!?」


…巨人に襲われているそれは、


「「…!!」」


…小さな、巨人だった。



===



「――うぉぉぉぉ!!」

「っえ、ちょっと!アンタは戦いには参加しなくていいって!!」


…左側を大方片付け、蒸気が天へと舞う頃。遠くでそんな悠長なやり取りが聞こえた。
雄たけびを上げて飛んだのは"普通の"エレン。後続班でしかも戦うなと言われていたのに参加し、けれども念願叶って一体討伐に成功した模様。体制を崩してずっこけているのが彼らしいが、案の定他の兵士から怒られている。

しかし、誰も欠けることなく城に群がっていた全ての巨人を討伐することが出来た。次から次へと巨人が増殖する事もなく、奇行種もいなかったのが救いだったかもしれない。


「お前ら無事だったか…!!」


そうしてようやく、生き残った104期達の顔ぶれを確認する。ライナー、ベルトルト、コニー、クリスタ。…そして、


「ユミル!!」


こちらに駆け寄ってくる足音、名を叫び続けるクリスタの声。
ルピとアーベルはそのまま、自らが手を下した左側―多数の巨人達の中心にいた。二人が凝視する視線の先、巨人の骨格だけが残ると思っていたその現場に現れたのは、


「……ユミル、」


右手と右足を半分失い腹から多量の血を流し、全身から蒸気を発し続ける…人間の姿だった。



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