07




辺りを取り巻いていた巨人の蒸気が無くなる頃。私服の104期兵、ハンジ分隊とリヴァイ班一行はローゼの壁上で一時待機を図り、そして彼等―主にコニーから今までの経緯を聞いた。

十数体の巨人の襲来を確認後、一刻も早く周囲の村、駐屯兵団および調査兵団へ伝達する必要があった為、彼等は装備する暇も無く乗馬。応戦なく振り切れると思ったが突然巨人がスピードを上げ近づいて来、ミケ一人が囮となって滞在していた施設に巨人を連れて戻り、残った主力部隊と104期兵で東西南北四つに別れ避難指示を出して廻ったそうだ。
巨人が現れた南方にはコニー出身のラカゴ村があり多数の巨人に襲われているのではと、コニー、ライナー、ベルトルト、ゲルガー、リーネ、ヘニングが。西方にナナバ、ユミル、クリスタが。北方へ自身の村があるというサシャと新兵一人が、そして残りが東方へ向かった。

ラカゴ村に着いた時には既に巨人も人の気配はなく―それどころか、死体も血痕すら無かったという。全員逃げたのならそれで良いのだがしかし、全ての建物がほぼ崩壊状態。不自然さが尾を引く中コニーの家に辿り着いたが、…そこには。


「一体だけ巨人が残ってた。…っても、家を潰して…そこに寝転がったままで…」


それはしっかりと生きていたが、そこから動こうとはしなかった。…否、動けなかったのだ。その頭を―身体を支えられそうにないくらいに手と足が細かったと、歩いてきた…というよりは最初からそこに倒れていたような感じだったと、…コニーはどこかしどろもどろに話す。

住人が避難しているのなら次は壁の穴の確認をと、休む暇もなく彼等はまた馬を走らせた。…けれども、主力部隊の連れる南班と西班が夜通し散策したが結局穴は見つからず、巨人との接触もないままにこのウトガルド城へ辿り着いたという。巨人は夜には動かない、奔走して疲れ切った彼等も馬も休めるちょうどいい場所だと、誰しもが思っていた。

――しかし、


「巨人が何十体も現れたんだ…昼間と同じように、普通に歩いてた…。立体起動のない俺達の代わりに、ナナバさんやゲルガーさん達が戦ってくれて……けど…っ、すげーでかい"獣の巨人"がいて、そいつが邪魔をしてきて…!」

「…けもの?」


そのフレーズにハンジ、モブリット、ルピの三人は顔を見合わせる。獣と言えば己自身を指す代名詞であるが、コニーがそれに"巨人"と付け加えた為、敢えてその場でそれを掘り下げようとはしなかった。

そんな三人に気付く事なく、コニーは話を続ける。
リーネ、ヘニングはその"獣の巨人"が投げつけてきた岩で即死。ナナバとゲルガーは大量の巨人を討伐してくれたが、ガスと刃切れでその命を賭した、と。



――そうだ。エライぞ、ルピ!


――頑張ろうね





…思い出されるのは、無知だった頃の自分。皆が自分を恐れる中で、彼等はとても優しく接してくれた人達。何も知らなかった自分に、たくさんの事を教えてくれた人達。明るくて、面白くて、優しくて、強くて。彼等がいなかったら今の自分はいない、と思うほどに。


「…………」


ルピは一人、ウトガルド城の方を振り返る。


「もうダメだと思った…俺等も食われて終わるんだと…」


城の中にまで巨人が入って来、ライナーが巨人に腕を食われ負傷。行き場を失い塔の上で絶望に浸る彼等に追い打ちをかけるかのように、塔を壊そうと体当たりを繰り返してくる巨人達。
…そしたら、急に。ユミルがナイフを貸せと言ってきた。こんな小さなナイフで最後の悪あがきでもするのかと、その時はただそう思っていたとコニーは言った。




「――ゆっくり引き上げろ!」


即席の担架に乗せられ、壁沿いに引き上げられていくユミル。コニーの話の後、ハンジとモブリット、そしてルピは彼女の元へと足を運んだ。
右側の手足が食いちぎられ、内臓はスクランブルエッグ状態。普通なら死んでいる状態だが、彼女から上がる蒸気が生きている事を物語っている。…それは、報告書―エレンと同じ。それにここにいる104期兵全員が"それ"を目撃していることから間違いは無さそうだったが、


「――待って!!ユミルは敵じゃありません!!」


ハンジが何か手を下すとでも思ったのだろうか、駆け寄ってきた金髪の少女―クリスタは声を荒げハンジに詰め寄り、友達の"無実"を訴え続けた。


「どうか信じてください!本当なんです!ユミルは私たちを助けるために正体を現して巨人と戦いました!自分の命も顧みないその行動が示すものは我々同士に対する忠誠です!」


104期の仲間―一番仲良くしていたクリスタでさえ、知らなかった事実。ナイフで手のひらを切り巨人化したらしいが、それを知っていたという事は、イコールそういう事。部類でいえば、エレンよりはアニ寄りの巨人。
…けれども、人類にとって最も重要な情報をずっと黙っていたのは自分の身を案じていたからだとクリスタは言う。エレンともアニとも違う、ユミルはユミルという巨人なのだと。


「ユミルは我々人類の味方です!ユミルを良く知る私に言わせれば彼女は見た目よりずっと単純なんです…!」

「……そうか。…あぁ、勿論彼女とは友好的な関係を築きたいよ。これまでがどうあれ彼女の持つ情報は我々人類の宝だ。仲良くしたい」


ただ、彼女自身は単純でも、この世界の状況は複雑すぎる。ハンジはそう溜息混じりに言って、クリスタに向き直る。


「本名は…ヒストリア・レイス、って言うんだって?」

「…はい、…そうです」


出発前にニック司祭から聞いた、衝撃的な話。大いなる意志により監視するよう命じられた者が104期訓練兵の中にいること。その者ならウォール教ですら知らない真実を知ることが出来るということ。…ニック司祭の口から出たその者の名が"クリスタ・レンズ"であり、それは紛れもなく今目の前に立っている金髪の少女を指しているが、


「レイスってあの貴族家の?」

「…はい」


クリスタはその問いに良い答え方はしなかった。さっきまでユミルの為に働いていた感情はもうそこには無く、声もだいぶ落ちている。偽名を使い身分を偽っているという事実がバレてしまったことに苦々しさを感じているのか、その身分に何か"不愉快"なことがあるのかは定かではない。


「…そう、よろしくね、ヒストリア」


ハンジはそれ以上ヒストリアに問うこともせず、労う様にポンと肩に手を置き、ユミルを看護するニファに声をかけた。


「ユミルはどう?」

「…依然、昏睡したままです。出血が止まって傷口から蒸気のようなものが出ていますが…」

「とりあえずトロスト区まで運んでまともな医療を受けてもらわないとね。任せたよ」

「了解です」


色々な事が起こりすぎて混迷気味だが、ユミルの件はひとまず後回しに壁の修復作戦を再開しようとハンジは指図した。
我々の当初の目的は壁の穴―破壊された位置を特定しそれを塞ぐ事。なのに皆にちっとも焦りが起きないのは、ウトガルド城を後にしてから一度も巨人の姿を目にしていないことと、ルピが足音を感知していないことにある。現場はもっと巨人がいてもおかしくはない筈なのに、何故…何故ここまで巨人をお目にかかれないのかが皆、不思議でたまらなかった。


「…………」


そうして少し落ち着き、ルピはチラリと別の場所へ目を向けた。ライナーとベルトルト、そしてアルミンとミカサとエレンがいる方へ。


――彼らがアニの共謀者であってもなくても、彼らを上手く誘導して地下深く幽閉する必要がある


次から次へと大層な問題がこうも起こるなんて思いもよらないが、巨人の足音よりも今は彼らの会話に耳を集中させようと思い、ルピは少しハンジと距離をとった。

…少しずつ、胸のざわつきが大きくなっていくのを感じながら。



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