「――リヴァイ、そろそろ飯の時間……って、まだやってたの!?」
あれからどのくらいの時がたったのだろう。分かることはてっぺんにあった太陽が今色を変えて壁の向こうへ沈んでいくことぐらいで、…そう、あれからリヴァイはその場所で彼女が限界を迎えるのを待つハメになっていた。
「…正直言って脱帽だ。まさかこんなに走り続けるとはな」
一体その小さな身体のどこにそんな力を秘めていたんだ、なんて。それにルピは走り始めた当初から今まで全く顔色が変わってない。彼女にとってこれはそう、基礎体力を測るという名の初訓練どころかただの景気づけの散歩に過ぎないかのようだった。
「……四時間もここにいたあなたにも脱帽するよ」
人が時たまそこに現れることはあったが、ルピはそれにチラリと目を向けるだけで同じペースを保ったまま走り続けていた。
何を考えていたか、と言われると何も考えてなかったと思う。ただ彼の命に従い、自分はそれをこなすだけ。…そうだな、しいていえば自分意外と走れるんだという長所(?)を発見したくらいだろうか。
「――ルピ!」
リヴァイの声に反応したルピはしかしその足を止めることはせず、走り続けている。
「もういい、終わりだ」
それを聞いてようやく足を止める。最初に比べると随分足が重く感じたが、それでも死ぬほど疲れたとか、もう走りたくないだとかそういう感情を抱くことはなかった。
そうしてリヴァイの元へ駆け寄っていくとあんなに走った後なのにまだ走れるのかと少々呆れた顔を向けられた。隣にいたハンジがお疲れ様と言って水をくれる。お礼を述べてそれを飲むと、冷たいそれが体に潤いをもたらしていくのが分かった。
「ルピすごい体力あるんだね、ビックリしたよ!」
「そうなんですか?…でも、あんなに走り続けたのは初めてです」
「まぁ長い人生のうちでそうないだろうね」
誰かさんの命でない限り。ハンジはボソリとそう言った。
「……あの、訓練、上手く出来てましたか?」
「上出来だよ〜!ねぇリヴァイ?」
「あぁ、合格だルピ。今日はもう休んでいい」
「ごうかく?」
「おぉ〜ルピよかったねえ!リヴァイから合格を貰える奴はそういないよ!」
「?…そう、なんですか?」
「最高の褒め言葉と思っていいよ!リヴァイは感情表現が下手だからね!」
「…おいハンジ、余計な事言ってんじゃねぇ」
行くぞ、もたもたするな。そう言ってそそくさと帰っていくリヴァイをルピは慌てて追った。
「……」
…褒められた。今まで経験のないそれに湧く感情は自分でもよくわからないが、でもどこかルピは満足したような表情を浮かべていた。
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「――ここがお前の部屋だ」
訓練所から戻ってハンジと別れた後。リヴァイに案内されたのは、とても広くて大きな部屋だった。
あの地下とはまったくの別物で窓もあって、とても明るく見える。そこにはソファとテーブルと本棚、そして洋服ダンスが一つ。…そして何故か、ベットが二つあった。
「お前の部屋…というより、お前が俺の部屋に居候という形だがな」
「?」
ルピが訓練をしている間、リヴァイは他の者に頼んで自身の部屋を少し改装していた。改装というよりはベットを一つ運び込んだだけだが、そうまでして彼女を自身の傍に置くのにはそれなりのワケがあった。
一つは、ルピをもう地下には幽閉出来ない事。訓練するたびに彼女をそこから出し見張りを付けたり外したりするのは厄介であり、それに彼女はもう訓練兵になるのだからいつまでもそこに置いておくのはどうかという意見があったからで。
そしてもう一つが、ルピを大部屋には入れられないという事。身の潔白がグレーなままで終わっている彼女をいくらリヴァイのお墨付きだからといって、他の兵が安心出来ない状況下を作るのは如何なものかと懸念の対象になったからだった。
だからといってハンジの部屋に置くのは彼女の"一番の理解者"であるモブリットが…いやしかしこれにはリヴァイも同意しなかった。ハンジの事だから何を吹き込むかわかったもんじゃないからだろう。
自分で監視すると言った以上、自分の部屋に置くのが一番手っ取り早い。その案で誰もが納得して、…今に至る。
「……おじゃま、します」
「あぁ。そんなに気を遣う必要はない、好きに使え」
「はい、ありがとうございます」
「しかし、ここは俺の部屋だ。それを忘れるな」
いいな。そう言ってリヴァイから差し出された一切れの紙。それを受け取り開くと、そこには何やらいろいろと書かれていたが、
「それがここでのルールだ。しっかり守れよ」
「…………あの、」
そこでリヴァイも、ある問題に気づかされた。
「何が書いてあるのか、わかりません」
「……は?」