「――違うぞルピ、それは『わ』だ」
「?」
「ここをこうクルッと巻くんだ。な?ホラ、『ね』になっただろう?」
「…あ、なるほど」
「…………」
誰もいなくなった食堂でそれは傍から見ればオヤジ二人が若い娘にたかっているように見えるがしかし、実際はものすごく真剣な教育が施されているのを知っている者は数少ない。
「…えと、こうですか?」
カリカリカリ。ぎこちなく、しかし懸命にえんぴつというものを動かし、白い紙の上に跡を残す。
この日、ルピはまた一つ新たな経験をしていた。
――文字を書く、という事を
「ん?…おおうルピ、それは『ろ』だ」
「??」
「さっきと同じだ、ここをこうクルっとだな――」
リヴァイもハンジもエルヴィンでさえ見落としていたそれは、結構致命的な問題だった。あの時リヴァイが彼女にメモを渡さなかったらきっと訓練兵になるまでそれに誰もが気付かなかったのではないだろうか。
ルピもルピで言ってくれればいいものをと思ったが、それがあること自体を知らなかったのだから彼女を責めるわけにもいかない。
「まぁ…大分キレイに書けるようにはなったな!」
「、本当ですか?」
そうしてリヴァイに外せない用が出来た時、その間ゲルガーとトーマによる"勉強会"が開かれることとなった。何かとオッサン二人では心配だからという理由でナナバも結局そこにいる。
「あぁ、…初日でこれだけ書けりゃ上出来だろう」
何故にこのオッサン二人なんだろうとナナバは思っていたが、きっとルピにいろんな人に関わってもらいたいという兵長の陰ならぬ想いが含まれているのだろうと勝手に想像していた。
「よし、じゃあ、これから毎回小テストを実施するからな」
「小テスト?」
「合格するまで帰れないぞ。それどころか再テストだ」
お〜怖い怖い。最初は何だかんだ面倒くさがっていた二人もノリにノって来たのか、なんだかんだでそれを楽しんでいるとナナバは思う。
…それに、ルピも。最初に比べて大分表情が柔らかくなっている気がした。今だ笑顔を見せる事はないが、それでも彼女も徐々に人と関わる事に慣れてきたのだろう。不覚にも、ナナバにはそれが嬉しく思えた。
「……なんか、アレだね」
「?」
「…ゲルガーとトーマ、お父さんみたい」
「「おとっ、!!」」
「……おとうさん?」
「お前そこはせめてお兄さんだろ!?」
「?」
ナナバのその一言によってその場に騒がしさが溢れる。ルピはふうと一息ついて、持っていた鉛筆を下ろした。
「……、」
そうして、自分が初めて書いたそれをまじまじと眺める。自分のはゲルガーやトーマのモノに比べて少しイビツで大きいが、並べて見ているとどこからかまた湧いてくる満足感。こうやってモノを人に教えてもらった事がなくて、そうして優しくしてくれる二人、何も言わずに見守ってくれているナナバの存在があるだけでとても嬉しかった。
「……お父さん、ってこんな感じなんですか?」
お母さんだとか、お兄さんだとか、そういったものがどういうものであるのかはルピは分からないし、知らない。ルティルとファルクはじゃあ何なのかと聞かれても、そういった代名詞が何も浮かんでこなかった。
――私たちは、"家族"なんだから
そう言われたから、彼らをそれと認識していた。家族というものはずっと一緒にいて、離れていても心はずっと傍にある。私たちはそういう存在なんだって、ずっとずっと傍にいるって、
「…おいルピ、俺はまだそんな年じゃ――」
「そうだね、こんな感じかな」
そう、言ってくれた彼らは、
「おいナナバ!!」
…元気に、しているだろうか。
「……、」
「…………ルピ?」
「あ、はい、すいません」
何でもないです。そう言ってルピはまた鉛筆を持って紙に文字を書き始めた。
――私は、元気です
…そう書きたくても、ルピにはまだその字が書けなかった。