ドドッドドッドドッ_
「…!」
…彼らの話に集中していたルピの耳に突如入ってきた、別の音。巨人の足音ではないが、それもよく耳にする音の一つ。
「ハンジさん」
「ん?」
「誰か来ます」
小さな緑の点が三つ、壁沿いにこちらへ向かって来るのが見える。ハンジはそれが何かすぐに理解したようで「駐屯兵団先遣隊が穴の位置を知らせに来たんだ」と言ってその方へ近づいていき、ユミルを看護するニファ、クリスタ、コニー以外全員がその後を追った。
「――ハンネスさん」
先遣隊のうちの一人が壁を登り始めた最中、そう声を上げたのはミカサ。知り合いかと問えば小さい頃からお世話になっている人だと言い、エレンもアルミンも彼がこの場にいることに驚いているようだった。
「おっさん!穴はどこに――」
ようやくハンネスの上半身が壁上へと上がり、刹那エレンが問質す。夜通し駆け回って疲弊した顔に絶望は見えずあるのは当惑。誰もがその答えを待ち息を呑んだがしかし、…返ってきたそれに全員が耳を疑う羽目になる。
――穴がどこにもない、と
「え…?」
「…夜通し探し回ったが、少なくともトロスト区からクロルバ区の壁に異常は無い」
先遣隊はトロスト区とクロルバ区両方から三人ずつ派遣され、穴を見つけ次第一人が折り返し区へ報告を、残りの二人がもう一方の先遣隊へ伝達する方針となっていたが、かち合った時にいた人数は六人―全員が揃っていた。どちらも壁沿いを伝い走り念入りに確認したに違いないが、壁には傷一つ無かったという。三人とも三人が巨人が出入り出来るほどの穴を見落とす訳がない。もっと不自然なことは道中一体たりとも巨人に出くわさなかった事だとハンネスは言った。
「でも…巨人は実際に壁の内側に出ているんだよ?」
「ちゃんと見たのか!?…まだ酒が残ってんじゃねえのか!?」
「飲むかよ!っていうか…お前らは何でこんな所にいるんだ――?」
壁に穴がない。やはり巨人はこの分厚い壁を破って出現したのでは無かったのだと分かってしかし、余計に募るは不信感。…一体どこから。一体どこから巨人は沸いて出、調査兵団の主力部隊を窮地に陥れたのだろう。
「うーん…壁に穴がないのなら仕方ない、一旦トロスト区で待機しよう。…ルピ、巨人は近くにいる?」
「いいえ、巨人が歩いている音は聞こえません」
ハンネスは先に戻ると言って壁を降りていき、腑に落ちないものを抱えたまま、調査兵団一行は馬を待機させた場所へと歩き出す。ハンジとモブリットを先頭に、ルピ、ミカサ、アルミンが続いた。
「どういうことなんだろう…この五年間になかったことがこんなに一度に起こるなんて――」
「……」
…アルミンの言葉に、ふと、ルピの記憶の中で蘇った事物。
――どうしてあの日だったのでしょう
…それは、二度目の壁の破壊時。団長に問うた率直な疑問。
「……」
あの日、あの時、あの場所で、何故壁門が破られたのか。ただの偶然だと思っていた。…あの頃は何も知らなかったから。
――104期に二名ほど、アニと同じ地域の出身者がいるようなんだ
けど、今なら分かる。それは偶然などではない。あの日でなければならなかった。あの日でなければ、壁門を破れなかった。…何故か、
それは、
「――エレン」
「ん?」
「――!」
「話があるんだが」そう言ってエレンを呼び止めたのは、ライナー。ルピは振り返らずにそのままハンジの横を歩き続けた。
「まさか…ついに地下を掘る巨人が現れたんだとしたら大変だ!」
「そうなると位置を特定するのは相当困難ですね…ルピの耳に頼りっぱなしになってしまう」
「……地下からも音は聞こえませんよ?」
「…うーーん…今はとにかくユミルを安全に運ぶ事を考えるか――」
ハンジ達の会話にしっかりと入りながらも、その耳はまたと彼等の方へ集中させる。…何かある、そう己の勘が言っている。
…そしてそれは、的中する。
『は?何言ってんだお前…』
『な……何を言っているんだライナー――』
「――ハンジさん」
ルピは悟られぬよう歩むペースを変えず、声のトーンだけを落とした。
「…ライナーが、認めました」
――俺が、鎧の巨人だと