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「――エレン!!」


鎧の巨人の手中で巨人化したエレンは空中で身動の取れないそれの顔面をぶん殴り、体勢の整わないまま壁の下―ウォール・マリア内へと落ちていった。
ライナーに飛ばされたミカサはそのまま壁面に居たようだが即座に壁下にある木に向かってアンカーを飛ばし、ルピも少し離れた位置―マリア内へ着地する。エレンを放っておく筈がない彼女を一人残して戦わせるのは良くないと判断し、こちら側の戦局を援護しようと思ってのことだ。

その最中一瞬辺りが暗くなり何事かと上を見上げれば、超大型巨人の手が空を覆うように延びていく。誰かをなぎ払おうとしているのではない、それは何かに手を伸ばす時と同じ動作。…その先には、


「ユミル!!」


クリスタの声が風に乗る。女型の出現時よりも強風が吹き荒れたのは誤算だった。大分離れた場所にいたクリスタやニファの元まで簡単に届いた巨大な右手はユミルを担架ごと掴む。しかし誰しもがその強風の中動ける筈も無く、ただそれを見ている事しか出来なくて。


「ユミルが掴まったぞ!!」


やっと収まった風と土煙の中、ようやくその全貌を見せた超大型巨人。ルピに体当たりをくらったが壁際にかろうじてぶら下がっていたようでその巨大な姿を壁上に出現させていたが、下半身は無くあばら骨が露出している状態。ミカサの刃でかなり傷が入ったと見られ完全体にはなれなかったようだが、今はそれだけでも良しと思うべきだろう。
…きっと自分と同じでミカサも後悔をしている。自分よりもずっと彼女の方が彼等に近くて、それでもその手で殺めようと一番に切りかかった。全てはエレンを守るため。そう…心に誓った筈なのに、と。


「全員壁から飛べ!!」

「「!!!」」


超大型が左腕を大きく上げ、そのまま直下へ振り下ろす。兵達は皆壁の側面へ避難し、壁の上をなぎ払うように動く腕の行方を目で追った。
その右手中に捕らわれているユミルは以前目を閉じたまま、動かない。そうして右手が使えないことを不憫に思ったのか、超大型巨人は彼女をその口へと放りこんでしまって、


「なっ!?」

「食った…!!」

「ッ、ユミル!!!」


クリスタの悲痛な声が響く。仲間が仲間に"食われる"光景を見て至極青ざめた表情をする104期兵たち。
我々人類にとって彼女は"唯一"友好的関係を築けそうな知識のある巨人で、女型の時同様、また一歩、巨人に近づく事が出来うると確信していたのに。…それを妨げるのもまた巨人という皮肉。ハンジはあからさまに大きく舌打ちをした後で、声を張り上げた。


「総員戦闘用意!!超大型巨人を仕留めよ!!」


この巨人さえ現れなければ、人類は惨禍を、禍事を、経験せずに済んだ。この巨人が全ての始まりで、人類の仇そのものであると。…例えそれが、同じ人類の仲間だった者でも。同じ兵団に所属し、同じ志を持ってやってきた、者でも。


「一斉にかかれ!!」


それを合図に、全員が空を飛んだ。超大型を取り囲むように離散し、四面楚歌を謳う。それにとって我々人間なんざハエの如しであろうが、…しかしその巨体にデメリットが無い訳ではない。


「遅い…!報告書どおり…やはりこいつは図体だけ!!」


巨体を動かすにはそれなりのエネルギーが必要になるが、どれだけエネルギーを費やしても増えるのは威力だけでスピードは変わらない。普段相手にしている巨人よりも動作は遅く、加えて大きいもんだからその物理的攻撃を避けるのにも苦労は皆無。


「いける!!全員で削りとれ!!!」


女型のように項を守ることもせず、腕はまだ宙を舞っている。無防備とはまさにこの事。大きさだけで実際大したことなかったと、呆気なく終わるこの戦いに誰もがそれを確信し、皆がアンカーを首筋に打ち込み、一斉にその項へ切りかかろうとした、
その瞬間。




ヴォゴオオオオオオ_!!!




「「!!!?」」

「くっ…!総員一旦退け!!」


突如超大型の身体から上がった蒸気。身体全体から噴出されたそれは皆の視界を奪い、その勢いで生まれた風に煽られそれ以上近づく事も出来ず、身体全体に纏わり付く様な熱に耐え切れなくなって全員が一旦、壁上へと着地せざるを得なかった。


「あっつ!!」

「水だ!水をもってこい!!」


まるで沸騰した湯の蒸気をダイレクトに浴びたような、そんな感覚。超大型の身体の一番近くにいた者二人が手や顔を負傷し酷い火傷状態に陥っており、図体だけだと思っていた巨体が持つ力を実感する羽目になってしまった。

"蒸気を発する=その身体が消滅する"という方程式を持っているためそのまま巨体が無くなり、それこそ無防備なベルトルトが現れるならそれも本望ではあったが、


「様子が変です…以前なら一瞬で消えましたが今は骨格を保ったまま、ろうそくのように熱を発し続けています。このままあの蒸気で身を守られたら…立体起動の攻撃が出来ません!」


誰も寄せ付けやしないというように。アルミンが飛ばしたアンカーは蒸気の風で弾き飛ばされ、勢いよく戻ってきてしまう。これでは拉致が明かないがしかし、防戦一方体制を取るということは向こうも攻撃は仕掛けてこないと考えられるだろう。
そうしてハンジは自身の分隊、各班に指揮を出した。三、四班は目標の背後、二班は前方で待機。ここは持久戦になるだろうがどんな攻撃を仕掛けてくるのか未知数であり、気はまったく抜けない状況で有ることには変わりは無いが、


「…いつまで身体を燃やし続けていられるのかが見物だが、いずれ彼は出てくる。待ち構えてそこを狙うまでだ」


彼等を捕らえることはもう出来ない。殺せ、戸惑うな。ハンジの低い声にアルミンがゴクリと息を呑む。
人間を、殺す。仲間を、殺す――。自分達が相手にしている敵は"巨人"であることに代わりはない、筈なのに。


「アルミンと一班は私についてこい!鎧の巨人の相手だ――!」


震える手を堪える様に、アルミンはキュッとブレードを握り締めた。



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