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「そうだエレン!いい判断だ!」


理性が戻ったのか、エレンは鎧の巨人には立ち向かわずに我々の元へと駆け寄ってきた。

彼らの目的がエレンを攫うことにあるのなら、その阻止を目標に行動したいところ。…が、ここは壁面、自らを壁に追いやって窮地に立つことと同じ。一時を凌いだだけでこの後とんずらは至難の業であることは目に見えている。
無くした右肘から蒸気を上げながら鎧がゆっくりとこちらへ向かって来る最中…ハンジはエレンの肩へ降りて行って、


「いいかいエレン、君を逃がすためにはライナーの動きを封じ時間を稼ぐ必要がある。さっきの関節技で鎧の足を破壊することは出来るか?」


我々の刃は通用しない。けれども頭を使って考えることは出来る。ハンジがそう言えば、エレンはしっかりと頷いていた。理性が落ち着いて周りの声が聞こえるようになったのだろうか。
巨人と意思疎通がはかれたこと、言葉が通じたことがこの上なく嬉しかったのだろう、ハンジは滾りながらエレンの肩から惜しむようにその身を壁面へと戻す。


ピシッ、パラ…


「?」


その時、ルピは鎧の巨人から出る小さな音をキャッチした。それは何かが剥がれ落ちるようなもので、その音を探るように鎧の足元―通ってきた箇所に目をやれば、土色の上に落ちている、黄銅色の何か。それは、


ドッ_!!


「「!!!」」

「速い!!」


刹那。今までゆっくりとした歩みしか見せなかったそれが突如現したスピード。全員が不意を突かれ、そしてそれはエレンとて同じだった。


ドゥン_!!


素早い動きのタックルをエレンは避け切れず、そのまま壁に叩きつけられる。凄まじい衝動が壁面を伝い、壁の一部が壊れパラパラと地面へ落ちて行った。
すかさず放たれる拳の一発目を辛うじて避けたのはいいものの、地面で足を滑らせたエレンはそのまま鎧の下敷きになってしまった。"足を取れ"というハンジの命を何としてでも成功させたいのだろう、何とかしてもがくも、スピードの上がった鎧のタックルやパンチをそう簡単に避けられなくなっていて、


「クソッなんで急にあんな速く動ける!?」


誰しもにとってそれが疑問で、しかしたかが人間如き手も足も出せない状況に焦りと苛立ちが募っていた。このままではエレンがやられ、そしてまたその身体を――


「…先程、鎧の巨人から何かが剥がれ落ちる音を聞きました」

「「!?」」

「恐らく脹脛あたりの"鎧"を故意的に剥がしたと思われます」

「!成程――」


落ちていた黄銅色の何か。それは、鎧の身体の一部―硬い部分だったと確信する。全身を硬いもので覆えば行動が制限されるが、しかし本当に全身を固めてしまえば身動きすらとれない。だからそう、昔の戦争で使用されていた鎧にも人体の構造上鉄で覆えない部分があったとハンジは言い、逆に言えばそこを覆わなければ人は身体を動かす事が出来るという事になる。
その場所は脇や股、そして、


「膝裏だ!膝裏の腱を切るんだ!!」


ハンジの声の後、飛んだのはミカサ、そしてルピ。率先して戦闘へと発つ二人に他の兵士たちはエールという名の眼差しを送ったが、


「アーベル、いつでも動けるように準備しておけ」

「…はっ!」


また俺かよ、と言わんばかりの返事。どうやら兵士長が不在の時の保護者は自分にしか務まらないようだと、アーベルは不満にも似た意気込むような溜息を吐き出した。




「やれ!!エレン!!!」


その間、エレンはタックルを諸に受け転倒するも、絞め技(チョーク)でガッチリと鎧にしがみつく事に成功する。諦めの悪さなら誰にも劣らない。またと首をホールドし、全身の力をその一か所へと注ぎ締め上げる。
鎧はそれでも足掻こうと必死のようだが、リーチの長いエレンの方が誰の目に見ても優勢だった。


ヒュンッ_!!

ビュ_!!


動きのとれない鎧の足元は隙だらけで、ミカサとルピそれぞれ片方ずつの膝裏の腱を断ち切った。飛び散った血とは裏腹にダラリと項垂れるように地面に落ちる鎧の両膝。力を入れようにも入れられず、踏ん張ることのできなくなった身体は徐々に抵抗力を無くしていく。


「行ける!!」

「エレン!やっちまえ!!」

「そのまま首ごと引っこ抜いてやれ!裏切り者を引きずり出せ!!」


消耗戦になり不利になると思われた局面が今、覆されようとしていた。勝機に満ち溢れ増大するエレンの両腕の力に、ビキ、バキと次第に大きくなる破壊音に。――勝てる。誰もがそう思いその顔に好喜を浮かべ、フィールド外から野次を飛ばし続けたが、




ズズッ_




「「!?」」

「な、なにを…!?」


それはまるで、最後の悪足掻きのようだった。動かない身体を、残った力を振り絞って這い蹲るように徐々に動かす鎧。それはエレンの身体ごと、少しずつだが壁の方へ、壁の方へと近づいていく。
…一体何をしているのだろう。その行動は悪足掻きにしては地味で、残った力を使うにはゾンザイな気もして。

…何だか嫌な予感がする。ルピは警戒心を高めようと再びルヴに戻り、少し離れた場所でそれを見守った。


ズズ_


「…止まった…!?」


誰もがその行動を怪しんでいて警戒していたのは間違いない。けれどもその時、その場所の位置を確認したのはアルミンとルピのみ。鎧とエレン、そしてハンジ班の上、そこには発熱し続ける超大型巨人の姿――




「オオオオォオオオオオー!!!」


「「!!!!」」


刹那。突如として咆哮を上げた鎧の巨人。ルピの中に自然とフラッシュバックした、巨大樹の森での女型の巨人の行動。


「周囲を警戒しろ!!巨人を呼んだぞ!!」


あの森の一件でそう学習した我々にとってそれは、余り意味の成さないに抵抗に思えた。北か南か、東か西か。何処かは分からないが、その四方向から巨人が多数襲来し、叫んだ巨人を捕食する。今更自分を食わせて何になるのだと思ったが、食わせようとしているのはエレンの方かと推測された。けれどもそうなれば、巨人が来る前にエレンをその項から引っこ抜けばいいだけのこと。足の腱を切られもうどうすることも出来ない鎧にそれを止められるとは思えない。

巨人の足音一つでも捉えたら皆に知らせようとルピはかなり構えていたが、しかし一向にそれは聞こえてこなかった。その耳に入るのは壁上で轟轟と上がる熱の音だけ。


「ルピが何も示さねえな…巨人も見当たらねえし、」

「ただの悪足掻きだ!!てめえの首が引っこ抜けんのが先だ!馬鹿が!!」


…一体何を企んでいる。今はただただ、その奇行が引っかかる。鎧は単に巨人達を呼び寄せたかった訳ではないのだろうか。我々が学習したことは間違っていて、その叫びにも種類があるのだろうか。
…だったら尚更、何に対する叫びだったのだろう。
痛み、苦しみ、悲しみ、嘆き、エール、助けて、

誰か、助けて


――誰か?




「見ろ!!もう千切れる!!」


巨人の群れは来ない。巨人はここにはいない?…いや、違う。最初からずっとここに、

彼の仲間である相棒の巨人ならずっとここに、




――まさか、




「っ!!!」


ルピが気付いた時には、遅かった。




「上だあああ避けろおおおお−−!!!」




「「!?!?」」


見上げた瞬間。図体にしては鈍まだと罵倒されていたそれが、猛スピードで鎧とエレン目掛けて落下した。



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