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「…………」


ライナー達を追って、どのくらいの時が経ったのだろう。ルピが辿り着いた先は、ウォール・ローゼとウォール・マリアのちょうど中間地点にある巨大樹の森だった。


――あの後
超大型巨人の風圧で少なからず遠方へ飛ばされたルピもその態勢を整えるのに十数分を余儀なくされていた。その間アルミン同様の光景を目の当たりにし、彼等が走り去って数分後…痛む身体を引きずりながらもその匂いを辿り、追跡に成功する。ハンジ班もミカサも負傷しているのを知らなかったわけではない。ただ、追わなければと思った。馬も無い今、追えるのは自分のみ。"人類の希望"をこのまま黙って連れて行かれてしまっては、己にいろいろ託してくれたエルヴィンやリヴァイに申し訳が立たないと思ったからだ。


「…………」


ライナーの背に乗っていたベルトルトは先に巨大樹の枝の上へ、その手中に捕まっていたエレンとユミルも太く長い枝の上へ降ろされた。二人ともまだ意識は無いが、エレンは即ベルトルトによって縄で拘束されていく。恐らく目覚めたら彼が暴れだすと思っての事だろう。その後ライナーも人の姿に戻り、エレンが装備していた立体起動装置を装備する。
…用意周到。予め計画していたのか咄嗟の判断かは定かではないが、やはり彼等は賢いと思う。巨人の姿のままでは木に上がれない。かといって、木の上で無防備なままで過ごすなど自殺行為に等しい。ユミルは元々私服姿、エレンは装備を取り上げられた上拘束されたとなると、四人の状況は平等では無くなる。二人は誘拐された人質でもあり囮にもなりうるという事を、大いに本人達に知らしめることが出来る。
 
ルピはルヴのまま、木下で彼等の動向を探っていた。ライナーもベルトルトも体力的にはかなり消耗していると見受ける。この森を目指したのも休める場所の確保の為、ともすれば彼等の向かう先はもっともっと先にあるのだろう。人であろうが巨人であろうがどちらにせよ巨人に襲われてしまうという事は、エレンが巨人化した時の報告書にも記載してあった。よって、どちらにとっても効率の良い巨人の動かない夜を狙って行動を起こすと考えられる。


「……」


…今が、二人を奪還するチャンスで有る事は間違いない。消耗している人間二人が相手なら、殺れなくとも致命傷を与え引き離し、ルヴになりエレンとユミルを連れて逃げる事は大いに可能だ。
しかし、それはユミルもエレンも健全な状態であれば、の話。ユミルは既に目を覚ましたようで、何やらライナー達と会話をしているが、運ばれている最中から身体の現状は変わらず、両二の腕・両膝から下はまだ生えてきておらず蒸気を上げ続けている。エレンは当分目を覚ましそうに無い。例えベルトルトとライナーを引き離せたとしても、ユミルがエレンを抱えルヴに乗ることは困難だ。あの状態では四足歩行もままならないと思える。

エレンの目が覚め、二人の身体が元に戻るのを待つか。しかしそれでは彼等の体力が回復してしまうのではないか――




「……、!」


考えながらウロウロしていると、ふと、ライナーの視線を感じた。ルピは人間に戻って即彼等の近くの木の枝にアンカーを飛ばす。ユミルは自分の存在に気付いていなかったようで至極驚いた顔をしていたが、…今はゆっくり説明をしている暇はなさそうだ。
ライナーは刹那、その口を開いた。


「ルピさん、やはりあんたは強いな。…まさか追ってくるとは」

「…、」

「……今ここで俺達二人を倒すことくらい容易に出来る、そう思っているでしょう。そしてこの二人をルヴになって連れ逃げる事だって出来ると」

「…?ルヴ?」

「!」


ライナーは自分の考えている事を見透かしたかのように言ったが、…そのワードに反応したユミルに、ルピはその事実に衝撃を受けることとなる。


「…ルヴを、知っているんですか、」


ルヴという言葉、そしてその意味を知るのは調査兵団の新兵以外(エレンを除く)のみ。ミカサはその姿こそ見た事があるものの、ルヴという単語をリヴァイが教えたかどうかまではルピは知らない。けれども彼女だって、調査兵団の仲間だって、機密事項として守られてきたその情報をうっかり漏らす事などするだろうか。…いいや、考えられない。
だとしたら、何故ライナーは知っている。この壁内の歴史にさえも、存在しないこの事実を。


「…………俺達も全てを把握しているわけじゃないが、」

「教えてください。ルヴについて、知っている事、全部」

「……」


把握している。それを聞いた瞬間に、感情が先行して彼の話を割ってしまった。ハンジが調査しても知り得なかった事、己の記憶にさえも無い事を彼等が知っている。
何故…なんてこの際どうでも良い。ドクリ、ドクリと心臓が煩い。

けれどもその後、ライナーは沈黙を保った。ルヴという単語を言ってしまった事を悔やんでいるのではない、驚いているのだ。ルピ自身がそれについて無知であるという事に。
…そして、己等の危機的状況を打開する手を見つけた。この場で一番の危険因子であるルピを黙らせておく方法を。


「いいや、教えられない」

「!」

「俺達に危害を加えない事。こいつ等を逃がそうとしない事。俺達と一緒に来る事。これが条件だ」

「……」


彼等に等価交換の術を与えてしまったと、ルピは感情的に成った事を少し悔やむ破目になった。
この場を打開する為にはルヴについて知ろうとしなければ良いだけの事のように思えるが、ルピにはどうしてもそれが出来なかった。無くした記憶、ルヴという存在の意味。それは己の存在価値を問うことと同じであって、それが今後の自分を左右することになるであろう貴重な情報を、ここで逃がせばもう手に入らないような気もして。

…そうして葛藤するルピに追い討ちをかけるように、ライナーは言った。


「……そもそもルピさん、あんたは、」




――こちら側の、人間だと



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