モフモフクリスマス



「ぎゃははは――」




「…うるせぇ」


久しぶりに良く眠れたと思えた快適な日の朝の目覚ましは最低に耳障りな男の豪快な笑い声。毎日不機嫌そうな顔をしていると言われるがそれはいつも無意識(というよりその顔が普通)で、しかし今回ばかりは自分でも分かるほどに眉間に皺が寄っているのに気付く。
時計に目をやればその針はくの字の反対を描いており、壁外調査もないただの"休日"の朝―というにはまだ早い時刻であることにまた皺のよる眉間。その笑い声の主は誰か分かっているが、よくよく耳を澄ましてみれば聞こえてくるその他多数の声。一体こんな朝っぱらから何を悠長にと思いつつその思い腰を上げて刹那、リヴァイはその隣のベッドの使用主がいない事に気付いた。


「……」


…そういえば、昨夜ハンジに"レンタル"したことを思い出す。今夜は寒いから一緒に寝ようなんてガキみたいな事を言っていたな、なんて。


「…寒ィ、」


小窓から差し込む光が外の天気を物語っているが、隙間から入り込む風が冬の風物詩の存在を強調しているかのような、そんな朝。
リヴァイは眉間の皺を一層に寄せて、ようやくその身体を布団から出した。


===


「――あれ、珍しいね〜、雪の日は一歩も外に出たがらないのに」

「…………何をしている」


騒がしさを求めて外に出れば、そこには嫌というほど白銀の世界が広がっていた。快晴の青と太陽の光によってキラキラと反射し、白という純粋さをこの上なく強調している。…眩しい。またとリヴァイの眉間に皺が寄っていく。
旧調査兵団本部はどちらかといえば山沿いに存在している為、夏は涼しいが冬は極端に寒い。よって雪が降る確立も平地に比べれば高いのだが、


「久しぶりだね、こんなにたくさん降ったのは」

「…あぁ、まったくもって鬱陶しい」


今年は一段と多く降った模様。目の前ではしゃぐ人間達の膝―いや、人によっては腰辺りまで埋もれる程に。


「…で、何やってんだあの脳みそ丸ごとクソガキ共は」


エルド、グンタ、オルオ、ペトラ、そしてエレン。巨人化実験の為に隔離されたこの古城に来ているというのに朝からギャーギャーギャーギャー楽しそうに雪合戦をするなんて学生の冬休みか。と半ば呆れながらその光景を眺めていたリヴァイだが、…気がかりなのはその目に一向に映らない我がペットの存在。
てっきりこの騒々しい軍団の中にいるものだと思っていた。騒がしい元凶になる奴ではないが、そういうのを端で眺めるのがどちらかと言えば好きな奴だから。


「今日は"クリスマス"という日らしいんだ。だから、"クリスマス"らしく雪で遊ぶんだってさ」

「……よくわからんがまぁいい。アイツはいねぇのか」

「ん?彼女なら……ほら、あそこだ」


ハンジが指をさしたのとほぼ同時。ボフッ、と鈍い音を立てて雪の中から出てきた真っ白な物体。辺りと同化しすぎて一瞬何がなんだが訳がわからなかったが、目を凝らしてみればそれは正真正銘…我が巨大なペット。


「ッワン!!」

「っ、出たなー!!おいこら待て!!」

「ははっ、止めとけオルオ!またやられるぞ!!」

「ちょっと!こっちに雪を飛ばさないでよオルオ!!」

「…………」


楽しそうな人間達はさておいて、それよりも格段に確実に楽しそうなその白の巨体にリヴァイは驚いていた。はしゃぎ駆け回る姿、オルオと追いかけっこをする姿は…どっからどうみても、犬。


「雪を初めて見るのかな?すごく楽しそうだ」

「……そうだな、」


"クリスマス"だから楽しいのかな、なんて。やたらとそのフレーズをこの数分で聞いたが、ただ使いたいだけでこのメガネがその意味など良く分かっていないことをリヴァイは知っている。
人間の姿で遊んでいないのは恐らく誰かに"それになれ"と言われたからであろうが、きっと人間のままならこうもはしゃいでいないのではないかと思う。こんなに楽しそうなそれを見るのはリヴァイにとってもこの時が初めてで、…ただ、なんだろう。それが巨大な"獣"で未だ得体の知れないものであることは分かっているのに、なんだこの微笑ましい光景。あと数週間で壁外調査へ出て巨人と遭遇するなんて思えなくて、…あぁ、これが"クリスマス"というやつか、なんて。


「そういや昨日の夜は寂しくなかった?すごく暖かかったよ〜、肌触りも最高だね!」

「…そうか、それはなによりだ」

「いいなぁリヴァイは、毎日一緒に寝れるもんなぁ〜」

「…良くねぇ。そして寝てねぇ」


コイツはそういう思考が大好きだなと思いつつ自然とその横、雪の退けられた石の上へと腰かける。日が差していても下からこみ上げる寒気で身体は冷えていく一方だが、リヴァイはずっとその楽しそうな白の巨体を眺めていた。


「…昨日、ふと、思ったんだけどさ」

「何だ」

「……あの子が"ルヴ"の姿から戻れなくなる可能性って、あるのかなーって」


ハンジと共に一夜を過ごした時から(言い方に語弊)その姿のままだと言うが、壁外調査時でも長い間それになり続けて駆け回っている事もしばしばある為そんな事考えたことなど無かった。…けれども、そう言われてみればその可能性がゼロでは無いことに気付く。まず、元々がどちらの性質なのかさえ…自分達もとい彼女自身も知らない。これに関してはまだまだ謎な事が多すぎるが、これ以上調べても何も出てこないことも事実。

無知な彼女を拾い、育て、共に成長した。人として、ルヴとして、彼女は逞しく生き、この人類に―調査兵団に深く染まってきた。
…無知なのは記憶が無かったからか、もしもその根底の記憶が蘇ったならば、彼女は――


「…あの子にとっては、どっちが幸せなんだろうね」

「ギャハハハ――!!」


雪玉でキャッチボールをし始めたエルドとグンタ。その間で雪玉をキャッチしようと必死な…完全に遊ばれている"人類の希望"。

…もしも、このまま彼女がその姿のままだったとしても。もしも、潜在する意識が−彼女という人格がその白に溶けて無くなってしまったとしても。


「……くだらねぇな」


…何も変わらない。そうだろう。我々調査兵団はこの人類の為に、巨人と戦い、巨人を駆逐し、巨人に勝つ。それだけのこと。
人であろうがルヴであろうが、彼女が人類の希望であることに変わりはない。…そうだろう?


「……ちょっと、何する気?」


リヴァイはユックリとその腰を上げ数歩進んで足元の雪を掬い上げ「冷てぇ」と文句を垂れながらそれを両手で握っていく。丸い形を作っている…というよりは、どうだろう。それを固めて固めて凶器にしていると言った方が正解か。


「っえ、投げる気?!――うわっ!」


フォンッ。刹那それは雪玉とは思えないほどの速度で空を切って飛んで行った。その先にいるのはこちらに思い切り背を向けて立つ1番下っ端の彼。
…あぁ、当たる。あれは痛い、だって人類最強の男が握って投げた雪玉だもの。あれは痛い、下手したらエレン死んでしまうのでは、"クリスマス"なのに…とハンジが他人事のように思った矢先、


「ワンッ!!」

「「!!!」」


…それは白の巨体の口に咥えられ、彼の後頭部を直撃する事件には発展しなかった。


「「っ?!」」

「っえ、なんだ――っ兵長?!」


急に白の巨体がジャンプしたもんだから何事かと、命拾いしたエレンも含め皆が視線を一つに集める。白の巨体が走り去る方向には笑っているハンジと…そこでやっと彼等はリヴァイの存在に気付いた。


「ナイスキャッチだ!さすがいい反射神経してるね!」


ヨダレだらけの雪玉を受け取ったハンジはワシャワシャとその白の巨体を撫でた。ずっと雪の中にいたもんだから足元も腹回りもベッタベタ。そうして全身についた雪を振り払うかのように身体を被毛ごと揺らす様は…どっからどうみても、犬。


「…当たった方がエレンの為だったろうに。残念だ」


リヴァイの声の後。既にそこには白の巨体の姿はなく、頬を赤く染めた彼女が立っていた。…案の定ずぶ濡れ。それでもその顔は先程駆け回っていた”獣”のように、どこか楽しそうな気もして。


「おはようございます、リヴァイさん」

「…あぁ。ったく、風邪を引いたらどうするつもりだ。俺は看病しねぇからな」


行くぞ。そう言って城内へ戻るリヴァイの後をひょこひょこ着いて行く彼女。
…獣の姿と今の姿を交互に想像しながら、その背をニヤニヤと眺めるハンジ。


「……リヴァイにとっては、こっちの方が幸せなのかもね〜」


「メリークリスマス」。ハンジの意味のない呟きは白い息となって、澄んだ空気の中に溶けていった。






MOFUMOFUCHRISTMAS
(どうか来年もこの幸せが有りますように)



back