06




「――どうだリヴァイ、順調か?」


ある日の午後、エルヴィンがその場に初めて顔を見せた。ルピは立体機動の練習を崖で行っており、エルヴィンが来たことには気づいていないようだった。


「順調も何もクソもねぇよ」

「…というと?」

「何をやらせてもサラッとやってのけやがる」


アイツは本物の化け物かもな。そう言うリヴァイの顔は、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうにエルヴィンには映った。


「やり甲斐が無いか」

「いや、寧ろ逆だ。何をやればアイツが降参するのか考えているところだ」

「…(悪い顔をしている)」

「……まぁ、欠点があるとすれば読み書きが出来ねぇことくらいだろうな」

「あぁ、聞いたよ。…しかし学習能力は高いんだろう?」

「(動物みたいに言うな)…そうらしいが、どうだかな」


今も懸命に壁をよじ登る彼女は至極真面目で自分がやれと言った事は必ずやり、そしていとも簡単にそれらをクリアしていった。出来なくても諦めずに出来るまでやってみせ、決して弱音も吐かない。ノルマなんて無いようなもので必ずそれ以上の成果を見せる。加えて文句も言わない従順な姿勢はまさに兵の鏡。大した奴だと感心を向けるも、…決して口に出しては言わない。


「――ルピ、休憩だ!」


リヴァイの声にその方を向くと、その隣に立っている金髪の男の人に即目がいった。優しい笑みを浮かべ手を上げている彼が誰かに気付いて刹那、ルピは急いでその場へ駆け寄った。


「っエルヴィンさん」

「やぁルピ、お疲れ様。どうだいリヴァイの訓練は、大変だろう?」

「そんなことありません。とてもやり甲斐があります」


訓練兵が行う修練のうちルピがリヴァイに教わっているのは体を使ったものが主…というより寧ろそれしか教わっていない。

その中でもルピは立体機動が好きだった。あの時のお兄さん―リヴァイが飛んでいったのがこれによるものだと知って、自分も空を飛ぶ事が出来るんだと思ったらすごく高揚した。…それを楽しいと言えばリヴァイにはお前は呑気だなと呆れられたのは言うまでもないが。


「はは、そんな風に言う者は君が初めてだ、ルピ」

「?」


ジョギング、壁登り、筋力トレーニング、立体機動その他もろもろをローテーションでやっていく毎日。基準のレベルを図る術が無い為リヴァイから与えられる量が普通なのだと思っていたが、…そうでもないらしい。


「昔、君のようにリヴァイに"認められて"修練された者が何人かいたんだ」


リヴァイに認められる。それがどんな風に良い事なのかこの時まだルピは知らなかった。自分にとってリヴァイは命の恩人で、自分をこの場所へ導いてくれた神様のような人。…その神様に認められたと言えばすごく聞こえがいいのは確かだが。


「そいつらは皆死にそうな顔をしていたよ。訓練兵になる前に死んでしまうんじゃないかと思うほどにね」

「…そう、なんですか?」

「あぁ。ルピのように女の子だって――」

「――おいエルヴィン、昔の話はよせ」


以前ハンジと会話をしていた時もリヴァイがそうして途切らせた事はあったが、…その声はその時よりもすごく冷たく聞こえた。


「…ルピ、休憩は終わりだ」

「っはい、」

「じゃあルピ、頑張ってな」

「はい、ありがとうございます」


ルピはエルヴィンにペコリと頭を下げると、一目散に壁に向かった。この時はそれをさほど気に留める事なく、ルピはすぐに目の前の事に集中していた。


 ===


…それから、小一時間後。


「今日の訓練はこれで終わりだ」

「はい、ありがとうございました」


本日も何事もなく訓練を終えたルピは、ふと空を見上げていた。昼間と違って雲にたくさん覆われていて、いつになく暗い。時計を見ればいつもの時間より少し早かった。


「…雨が、降りそうですね」

「あぁ。だから早めに切り上げた」


ルピが濡れて風邪を引くという心配よりも自分が雨に濡れるのが嫌だという理由だった。…リヴァイらしいと言えば、リヴァイらしい。

その後もルピは酷く空模様を気にしていた。何かに怯えているようなその様子に、リヴァイは思わず声をかける。


「…お前も雨が嫌いなのか」

「…いえ、そんなことはありません。……雷が、鳴らないかなと思って」


苦手なんです。そうポツリと言ったルピがそれ以上空を見上げる事は無く、歩き出したリヴァイの後にいつもの様についてきていた。


「……」


…雷が苦手。コイツも女らしいところがあったんだな、なんて、リヴァイはふとそんな事を思っていた。



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