「……なあライナー、エレンが目を覚ましたら話すって言ってたろ?…そろそろ教えてくれよ。あんた達はこれから私らを、どうするつもりなんだ?」
シン、と静まり返っていた空気にまたと割を入れたのは、ユミル。彼女は相当、重苦しい雰囲気が苦手なのだろう。
確かに、今は小競り合いを続けていても拉致があかない。彼等が何故あそこまでして戦いを挑み、二人を連れ去ったのか。もしそこにこの戦いの打開策が見出せるのであれば、我々は話し合うことができるかもしれない。
「俺たちの故郷にきてもらう。おとなしくしろって言って従うわけがないことくらい分かっている。…だが、ユミルの言う通りここは巨人の巣窟だ。ここで今俺らが殺しあったって弱った所を他の巨人に食われるだけだ。つまり巨人が動かなくなる夜まで俺たちはここにいるしかねぇのさ。お前らが俺らを出し抜くにしろ、俺らがお前らを連れ去るにしろ、夜まで待つしかない」
「鎧の巨人のまま走って故郷に帰らずこんなところに立ち寄った理由はなんだ?疲れたから休憩してんのか?」
「…お前の想像に任せる」
「恐らく、そうでしょう。彼等も疲弊して巨人化出来ないのだと思われます。…ただ、先の戦いでライナーも片腕を失っていましたが、それはもう生えてきている。……エレン。あなたとユミルと、この二人の間の巨人化に関する知識には莫大な差があること、忘れないでください」
「……はい。……あの、ルピさん、」
「?」
「…調査兵団は、どうなったんですか。アイツ等…無事ですか…?」
「分かりません。確認する前に、私は彼等を追ったので」
エレンはそこで、口を閉ざし目を伏せた。こうしてルピがここにいる理由、それが分からない程エレンも馬鹿野郎ではない。調査兵団の皆の安否より、自分を助ける事を優先したからこそ彼女はこうしてここに立っている。それが調査兵団であり、全ては団長の意思の元。彼女はそれに従っているだけだ。
今だってそう、体裁的には完全に調査兵団の味方であるのに、ライナーやユミルとの距離を絶妙に保っている。トライアングルの敵対関係ではなく、その真ん中に彼女がいて、全てを平等な目で見ているかのような、そんな気がして止まなくて。…どうしてここまで、冷静でいられるのか。それだけがエレンは分からないでいる。
「つーかあの城の巨人は夜なのに平気で動いていたぞ?ここの巨人はどうだ?」
「ここの巨人は夜には動けない。そんなことお前ならわかっているだろ、ユミル」
「……水は無いのか。どうにかしないとこのまま干からびて死ぬぞ」
「確かにそりゃ死活問題だが、この状況じゃ手に入れるのは無理だ」
「おっしゃるとおり…状況はクソッタレだなまったく…」
パタパタと未だ生えきらない腕を団扇のようにして扇ぐも、そんな手ではたいした風は送れそうに無い。確かに、ここへ来た当初よりも湿度も温度もやけに上がった気がする。この巨大樹の成す空間によるものか、この五人を取り巻く空気のせいかは定かではない。自分がどこかから持ってこられれば良いのだが、ライナーはそれを拒むだろう。ルピはその提案を敢えて口にするのは止めた。
「…そういや…昨日の午後からだったか、巨人が沸いてからずっと働き詰めじゃねえか…ろくに飲まず食わずで…何より寝てねえ。まぁ、幸い壁は壊されてなかったんだから、ひとまずは休ませてもらいてぇもんだ。昇格の話はその後でいい」
独り言のように話し始めたライナーに、皆が顔を向ける。最初は何も懸念していなかった。…最後の言葉を、聴くまでは。
「!ライナー…」
それにいち早く反応したのはベルトルト。そして、その顔に怪訝さを浮かべるのが早かったのも彼だった。
「いや…そんくらいの働きはしたと思うぜ…俺達は、あのわけのわからねえ状況下でよく働けたもんだよ。兵士としてそれなりの評価と待遇があってもいいと思うんだがな」
「ライナーさんよ…何を言ってんだあんた…?」
「ん?なんだよ?別に今すぐ隊長に昇格させろなんて言ってないだろ?」
「そう…ではなくてだな、」
「あぁそういや…お前等あの大砲どっから持ってきたんだよ?」
「?」
「あの時は本当に助かったぜ。そんでもってあの後のクリスタなんだが…ありゃどうみても俺に気があるよな?実はクリスタはいつも俺に対して特別優しいんだが――」
「おい…てめぇふざけてんのか?」
チラリとエレンに視線を投げる。先にライナーと会話をしていたユミルもそうだが、二人とも突拍子も無いライナーの話を真に受けられず、愕然とも不信とも取れる表情のまま固まっていた。
脈絡も無ければ共感にも値しない、先の見えない話。ルピも彼が何を言いたいのか分かっていないが、…ただ、分かるのは、ライナーの精神状態は普通ではないということ。
「何…怒ってんだよエレン。俺が…なんかマズイ事いったか?」
「殺されてぇんなら普通にそう言え!!」
「待てよエレン。ありゃどうみても普通じゃねぇよ…そうだろベルトルさん?何か知ってんなら…いい加減…黙ってないで何とかしてやれよ」
「は?」
そこでようやく、ライナーは正気に戻ったような、現状を把握したような声を発した。ベルトルトは相変わらず、一点を見つめたまま動かない。先に浮かべていた怪訝な表情は消え、どちらかと言えば、呆れているような、
「…ライナー…君は、兵士じゃないだろう。…僕等は、戦士なんだから」
「!……あぁ…そう、だったな…」
ベルトルトの一定の声色に、ライナーはハッとしたように顔を覆い隠した。ベルトルトの警醒を受けるまで彼は無意識に言を発し続けていたのだろうかと、ルピは敢えて口を開かず彼らの動向を静観する。
「…なんとなくだが、分かった気がするぞ。おかしいと思ったよ…壁を破壊した奴が命がけでコニーを助けたりなんてな」
ユミルの説はこうだ。
ライナーは、自分が矛盾した事を行っている自覚がない。恐らく本来は壁の破壊を目的とする戦士だったが、兵士を演じて生活するうちに、どちらが本来の自分かを見失ってしまった。もしくは、罪の意識に耐えられず、心の均衡を保つ為に無意識に自分は壁を守る兵士の一人だと逃避し、そう思い込むようになったのだと。
「心が分裂し、記憶の改善…。話がかみ合わなくなることが多々あったって様子だな、ベルトルさんの呆れ顔を見るに…そんな感じか?」
ライナーは顔を覆ったまま、ベルトルトは一点を見つめたまま、動かない。
「…すげえな、お前の実直すぎる性格じゃそうなっても――」
「――黙れ」
「「!」」
しかし刹那、それは先のルピが醸し出した空気と同じだった。顔を覆っていた手の隙間からユミルを睨むその様はまさに威嚇する獣の如し。…だが、そんな表情とは裏腹に、額から流れ出る汗が、少し震えるその手が物語っている。
ユミルの話は的を得ている、と。
「口を閉じろ」
「…悪かったよ、詮索が過ぎたよな」
ユミルは気まずそうにライナーから視線を外した。
もし、ユミルの説が本当ならば、彼等のいう"戦士"―壁の破壊を企む者がアニ、ライナー、ベルトルトだけとは到底思えない。彼等が自らそれを目論んだとも思えないのなら、それを"指示した者"がいることになる。それに従って彼らが動いているのだとすれば、彼等の言う"故郷"というのは、ただのレジスタンスといった団体なのだろうか。調査兵団のような組織なのだろうか。ストヘス区のような町一体を指すのだろうか。…それとも、
「…ふ、ふざけんじゃねぇ…」
ずっと黙りこくっていた彼の、その声は震えていた。先に見た表情に加え、エレンの顔は怒りに満ちていた。