17



「なんで被害者面してんだお前は…どういう…つもりだ…。あの日どういうつもりで俺たちの話を聞いてたんだ…なぁ、ベルトルト、お前だよ腰巾着野郎」

「……」

「オレは話したよな…お前等の目の前で、オレの母さんが巨人に食われた時の話を、したよな?…お前が蹴り破った扉の破片がオレの家に直撃したから、母さんは逃げられなかったんだって…知ってるだろ?話したもんな?…どう思った?あの時…どう思ったんだ?」

「……あの時は…気の毒だと思ったよ」


ベルトルトの表情は変わらない。彼が今何を思い、何を考えているのか、全く読めない。
そんな彼の言葉と表情で、エレンの顔が蒼白に変わる。


「あぁ…そうか…お前らな…お前らは…兵士でも戦士でもねえよ…ただの人殺しだ、何の罪もない人たちを大勢殺した、大量殺人鬼だ…!!」

「んなこたわかってんだよ!お前にわざわざ教えてもらわなくたってな!!」

「じゃあ一丁前に人らしく悩んだりしてんじゃねぇよ!!もう人間じゃねぇんだぞお前らは!!この世界を地獄に変えたのはお前らなんだぞ!!わかってんのか人殺しが!!」

「その人殺しに何を求めてんだよお前は?!反省してほしいのか!?謝ってほしいのか!?殺人鬼に人殺しは悪いって説教を垂れたいのか!?それでお前は満足かよ!もうお前が知る俺らはいねぇんだぞ!?泣き喚いて気が済むならそのまま喚き続けてろ!!」


エレンの声に、対抗したのはライナー。二人の怒号はこの狭い空間に良く響き、木々を、己の鼓膜を盛大に揺らした。


「そうだな…オレがまだ…甘かったんだ。オレは頑張るしかねえ…頑張ってお前らが出来るだけ苦しんで死ぬように努力するよ…」


なんてエレンらしい答えだろうと、そう思う。なんてライナーは堅実なんだろうと、そう思う。どんなにエレンに罵倒されようが、真実を語らない、その片鱗にさえも触れない。
そうまでして彼等は一体何を守っているのだろうと、そればかりが気になって仕方がない。


「……そうじゃねぇだろ」


静けさを取り戻したその場の第一声。至ってユミルは冷静に見えた。


「は?」

「頼むぜエレン…そんなガキみてぇなこと言ってるようじゃ期待できねぇよ」

「…何がだ?」

「そんなちっぽけなもんを相手にしているようじゃ、到底敵いっこないって言ってんだよ」


エレンは何を言われているのか分かっていないような顔をしている。

確かに、エレンの言葉には拙さしか滲み出ていなかった。己の母を殺した宿敵を討ち果たしたい。憎くて憎くて仕方がないからお前等にもその苦しみを味わわせたいって、彼はただ、己の欲望に正直でそれを満たしたいだけのように思える。ただライナーの言う事、今までの惨劇の表に見えていることを薄っぺらく読み取ることしか出来ていない。恐らくユミルはそう言いたいのだろう。


「なぁライナー、あの"猿"は何だ?」


突然のユミルの問いに一瞬、ライナーが目を見開く。


「…"猿"?何のことだ?」

「ん?知らなかったのか?その割にはあの時お前ら二人して…ガキみてぇに目ぇ輝かせて見てたよな?あの"猿"を」

「?…何だ"さる"って」


ユミル曰く、その"猿"という"獣の巨人"が今回の騒ぎの元凶だと言う。壁の中に巨人を発生させたのも、そいつだと。

『すげーでかい"獣の巨人"がいて、そいつが邪魔をしてきて…!』

確か、コニーの話にも"獣の巨人"があったことを思い出す。"さる"という言葉から何も連想できないが、その形容を表す言葉だということは理解出来るが、


「…目的は威力偵察ってところか?こいつらが目指してんのもそいつのところさ。そいつを目指せばお前らの故郷に帰れるんだろ?」

「お、お前…知ってること全部話せ!!」

「待てよ…私にも色々都合があんだから。…ただなぁエレン、あの2体をやっつけて終わりだと思ってんのなら…そりゃ大きな勘違いだ」

「……敵は何だ!?」

「敵?そりゃ言っちまえばせ――」

「ユミル!!」


淡々と話していたユミルの声をライナーの大声が掻き消す。ユミルの最後の言葉は、ルピにも聞こえなかった。


「…お前はこの世界に先があると思うのか?そこまで分かってんなら身の振り方を考えろ。お前次第ではこっち側に来ることも考えられるだろ?」

「信用しろって?無理だな、そっちは私を信用できない」

「いいや信用できる。お前の目的はクリスタを守ることだろ?」


ユミルの顔色が、極端に変わった。


「それだけに関して言えば信頼し合えるはずだ。冗談言っているように見えるかもしれんが、クリスタだけは何とかしたいという思いを、俺達が受け入れられないと思うか?…それとも俺達よりも、エレンの力の方が頼りになるのか?」

「は!?」

「お前はエレンを利用してここから逃れることを考えていたようだな。俺らに連れていかれたらまず助からないと思ったからだろう。正直に言うがその通りだ、そして俺らに付いてもお前の身の安全は恐らく保証はされない。…だが、クリスタ一人くらいなら、俺達で何とか出来るかもしれない」


ユミルとクリスタの仲が良い事は知っている。だが、それだけでこんなにも彼女が追い詰められるとは思わなかった。
彼等の中に共通する、クリスタ―ヒストリアという存在。ハンジから聞いた話、彼女は貴族の生まれで少し特別な存在のようだが、それがユミルにとって、ライナー達にとって、どのように都合が良いのかが分からない。…それは貴族という存在を自分が認知していないからか、クリスタという人となりについてよく知っていないからか、彼等の持つ秘密を把握できていないからか。

…それでも、一つだけ分かったことがある。この世界に先が無い。それは、この世界以外に"世界"が存在する事を意味しているのではないか。彼等の言う"故郷"は、団体でも、組織でも、町でもない。そんなちっぽけな規模ではなく、恐らくそれは自分が思っている以上にもっともっと、巨大で莫大な、


「…オイ、敵の正体は?!」


"世界"なのではないか。




「……、さぁな…」


先程まで軽快な口調を見せていたユミルは、エレンの問いに答えを濁した。…イコールそれは、ユミルが体裁を変えたことを意味する。


「……交渉成立、だな」


今の話だけでユミルがライナー側に付くのは想定外だった。彼等の手足が揃った頃に何かしらの行動へ移れればと考えてはいたが、三対一では分が悪い。ライナーもユミルもそろそろ巨人化が見込めるならば、こちらが圧倒的に不利だ。人間のエレンを匿いながらの戦いは負けが見えている。

…調査兵団が来るのを、待つか。エルヴィン団長は途中から何か考えがあって別行動を起こしていた。ハンジ班の負傷はかなり痛手を受けたが、何かしらの策を練って追って来る。…必ず。己の帰還を彼は待ち詫びてはいない、待つよりも攻める事の方を団長は好んでいる、なによりそれが調査兵団だ。


「大人しく、夜まで待て、エレン」


夜になっても兵団が現れなければ、ここで時間稼ぎに尽くすべき。夜になればエレンも戦えるかもしれない。
エレンは殺されない。その心配がいらない事は先のライナーの話で分かっている。…だから彼等の体力をまた消耗させることに注力すればいい、そうだろう。

ライナーの言うとおり、とにかく夜まで待つ。リミットは、

――日が沈むまでだ



back