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あれからまた、幾分かの時間が流れた。

ライナーとベルトルトは少し場所を移動し、エレンとユミルのいる枝から二つ分ほど離れたそのまた木の上でこちらの様子を伺い、ルピはエレン達の真上の枝で彼等の様子を伺っている。
それだけ距離をとったのは二人で作戦会議か何かをする為、エレン達に聞かれないようにする為なのだろうが、ルピにそれは丸聞こえだった。彼らはルピの耳が良い事は知らないようなのだ。
だが、ルピはそれを黙って聞くだけに留めていた。今はただただ、調査兵団の音を待っている。

それでも、彼等の話はどれも興味深いものだった。ユミルの話、クリスタの話、アニの話、そして彼等の"仕事"と、"座標"という言葉。

ユミルがクリスタに執着する理由、彼等もクリスタを必要とする理由は分かったが、結局のところ彼等の言う"仕事"の内容がイマイチ分からない。
――"座標"。新たに出てきた単語だ。彼等は座標を探しているらしく、エレン自身が座標でなければ、任務は終わらない、と。座標という元々の意味がわからないルピにとってそれは至極難解なパズルのようだが、エレンが座標だと仮定し連れ去ろうとしているということだけは理解できる。その座標が、カギ。そしてクリスタもそれに関係する。イコールそれは、レイス家という貴族が巨人に関して何らかの秘密を握っていると考えられる。


「……、」


難しいな、と単純に思ってしまった。もし、ライナーが全てを曝け出し経緯や今後を話してくれたならばこんな事にはなっていないのは百も承知だが、自身の精神が崩壊するまでになっても、口を割らない理由は何なのだろうと、やはり行き着くのはそのところ。

例えばだ。女型捕獲作戦を上官および古株にしか公表せず実行した経緯。誰かが命を賭すと分かっていても任務遂行の為に最後まで隠し通した己の感覚と、今のライナー達の感覚に少しでも類似点があるとすれば。それは、上官への忠誠、および任務達成の先にあるものへの執着、といったところだろうか。
ルピだって、そう刷り込まれてきた。この世界が唯一で、巨人は悪で、全てを取り戻す為に己等は戦っている。忠誠を誓った。それが正しいんだって、そうずっと思ってきたからそうしている。
だからそう、ライナー達も、そうなのだとしたら。この壁の中が悪だって、この世界は滅亡すべきなんだって、ライナー達の"故郷"が唯一なんだって、それが正しいんだって、そうずっと刷り込まれてきたのだとしたら。


「…………」


…ただ、彼等にも一つ誤算がある。アニだ。今の会話でも普通にアニの名前が出、皆で故郷へ帰ろうと話していた。だが、アニは今もう…生きているかどうかさえ疑わしい状態であることを彼等は微塵も知らない。

それが彼等を引き止められる理由になればまだ、こちらにも分があるかもしれない。この最終手段は、いざという時までとっておかねばならないだろう。
…それを知ったら彼等は、どんな反応をするのだろう。激高するだろうか、嘆き悲しむだろうか。…自分達が仲間を惨殺された時のように――




「、……?」


そうして夕日が、あと少しで地平線へ触れる、という時。
遠くから聞える何か。ルピの耳にそれはやがて鮮明に、希望の音となって響き渡る。


――きた


気付かれないように音の方へチラリと視線を投げれば、遠くに見える天高々と上がる信煙弾の煙。


「――!!あれは…信煙弾!?調査兵団が…もう!?」

「…大量の馬を壁の外側に移さないと索敵陣形は組めないハズだ。そんなすぐには判断できないと思ったんだがな…チクショウ、エルヴィン団長がいるかもしれん。相手は手強いぞ」


刹那ライナー達もそれに気付いたようで、焦る様子が伺える。気付かれてしまったものは致し方ない。後は、到着までこの場を凌ぐのみ。エレンさえ連れて行かれなければそれでいい。


「…って、そう簡単に逃がしてはくれねえよな――」

「終わりにしましょう、ライナー」


ルピはブレードを構え、彼等の返事を待たずに飛んだ。


カキーンッ


今までに無い金属音が反響する。咄嗟にライナーは左手でブレードを抜いてルピの攻撃を止めたが、ベルトルトは未だ信じられないといった顔のまま突っ立っていた。ブレードをこうして対人用に使用するなんて双方思ってもいなかっただろうが、ルピは彼等を殺すつもりで挑んでいない。調査兵団がここに来るまで足止めできればそれでいいくらいの気持ちだった。


「クソッ…!!」


ライナーは刹那右手でブレードを抜きそのまま振り翳してきたが、それをスッと避け、ルピは混乱中のベルトルトへとつっこむ。


「ベルトルト!!迷うな!!」

――やれ!!


苦渋に満ちた顔のベルトルトはライナーの声に勢い立ち、ルピの刃をかろうじて受け止めた。背後からライナーが迫っているのは分かっていたので一旦距離をとろうと、エレンとユミルの間にルピは降り立ち、再び飛ぼうとした、その時。


「――っ!?」


ガッ、と身体に負荷がかかった。何事かと背後を覗けば突然の奇襲の正体は―ユミル。ユミルに後ろから羽交い絞めにされるなんて思いもしていなかったルピは、キッと睨むように彼女へ視線を投げ続ける。


「ライナー!一体何だよ!?どうすんだよこれ!!」


たいそうなボリュームの声を張り上げたユミルは、けれども何が起こっているのか分かっていないままルピの行動を止めたようだった。
さすがは訓練兵を上位の成績で卒業、伊達に長年巨人をしているだけのことはある。力は凄まじく強く、直ぐには抜け出れそうも無い。ブレードの向きを変えれば彼女を傷つける事は出来るだろう。…が、出来ない。ユミルが完全な敵ではないからか、ユミルが人であるからか、


「っ、ベルトルト…!」


そこへ、ベルトルトが無言で加勢、己の目の前にブレードを突き付ける。


「ライナー!早くエレンを――!?」

「っ、な!?」


ベルトルトがそう叫んだ直後。ルピは二人の視線がライナーに向いたのを確認してからルヴに変身し、二人の間からスルリと逃れ、即座に人に戻りアンカーを飛ばした。
ライナーに切りかかろうとブレードを振り下ろすも、…カキンという甲高い金属音が響くだけでライナーに届かない。


「!!!」

「っ、く…!!」


攻撃を止めたのは、ベルトルトだった。あの体勢から止めに入るとは、彼も伊達ではない。今思えばここにいる全員が上位の卒業者。兵揃いとはまさにこのこと。…これは一筋縄ではいかなさそうだ。
弾かれたルピは体制を崩した為一旦距離をとったが、


「っ、?!」


…ずっとこちらを眺めていただけだった、繊細な巨人の手が、求めるように自分の方へと伸びてくるのに気付く。近づいてきてくれてありがとうとでも言わんばかりの笑みが視界いっぱいに焼きついた。…あぁ、敵は彼等だけではなかった。横にはそれ、気付けば背後にも巨人。どさくさに紛れて獲物を頂こうという寸法か。
避けられないと踏んだルピはアンカーを伸ばすよりもルヴになり、…そのまま巨人の群がる地上へと落ちていってしまった。


「ルピさん!!!…な、なんだよライナー…!!」


ブレードを仕舞い、ライナーはエレンへと近づいていく。エレンはじっとルピの落ちていった方を見ていたが、彼が近づくたびに一歩、また一歩と後ずさる。


「出発だ。ルピさんとは交渉決裂。そういう事だ」

「…なぁ、乱暴なマネはよしてくれよ。オレはこんな状態だぞ?抵抗なんかできるわけないだろ?…なぁ、頼むよ…っ!!」

「!!」


降伏ですと見せかけてエレンはまだ生えそろっていない腕でライナーをぶん殴った。ふいをつかれたライナーはよろめいて体勢を崩す。


「死ね!!死ね!!」


ここぞとばかりにエレンはライナーを叩き殴っていたが、生えきらない腕でのその威力は無きに等しく。あっけなくライナーに首をとられ、そして、


「殺す!!ぶっ殺す――!!」


ただただ罵声をあげるその声だけが、森の中に響き渡っていた。



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