19



ドドッドドッドドッ_

いつもの索敵とは異なる、馬の駆ける音。テンポは幾分速く、包む空気にあるのは重さよりも焦り。

――あの後。野戦糧食を食べ切り暫く壁上での待機が続いた後。盛大な馬の蹄の音とともに現れた我らが団長は、馬に乗ったまま大多数の戦力を引き連れて壁上を駆けてきた。女型戦で失った戦力―人数がこの場に駆けつけるなど思ってもいなかったアルミンはその数にたいそう驚いた。その数を占めるのは、今まで壁の外へなど一歩たりとも出たことのない憲兵だったからだ。

エルヴィンが到着して刹那辛うじて目を覚ましたハンジは、彼等―ライナー達がいるであろう場所を憶測で伝える。…そう、それは今ルピがいる巨大樹の森。ハンジも鑑みたのだ、彼等が取るであろう行動―休息を欲していることを。

加えてルピが追っているとアルミンから聞かされたエルヴィンは、さすがだと彼女の行動を感心した。己がこの場に現れた時からその姿が見えなかったことを煩慮はしていたものの、彼女がその命を賭すとは考えられなくて。
…しかし、彼女の帰還は望めない。彼女はきっとエレンを奪還するまで戻らないだろうから。
それに、待ってなどいられる筈が無かった。自らが赴くことで少しでも奪還の役に立つのであれば、この命に代えてでも戦場へ――。奮う思いを胸に、調査兵団としてギリギリまで戦ってくれたハンジ班の意志を抱き、戦闘経験の"無い"憲兵団を連れ、エルヴィンは巨大樹の森を目指した。

…ルピが彼等を追って、数時間後のことだった。




「――光った!?」


そうしてようやく辿り着いた希望の地。目前、その光は我々を歓迎するかのごとく辺りを眩しく照らす。


「今森の奥の方で…一瞬光が見えました!巨人に変化した際の光だと思われます!!」

「…間に合ったか?」

「総員散開!!エレンを見つけ出し奪還せよ!敵は既に巨人化したと思われる!」


先頭を走っていたエルヴィンの後ろ、それらは綺麗に左右に散らばった。森の奥からは待ってましたと言わんばかりに多数の巨人が這い出て来、…それに思わずスピードを緩めてしまったのは、そんな大群に遭遇した事の無い憲兵団の連中。


「う、うわぁぁぁ――!!」


辺りを警戒するという事も失念し、いとも簡単に巨人に捕まっていくそれらに、ジャンは何とも言えない表情を向けることしか出来なかった。


「また憲兵が…」

「戦闘は目的ではない!何より奪い去ることを優先せよ!!」


その為の兵力増員――と言ってしまえば唯の捨て駒のように聞えるかもしれない。それでも、巨人の目を掻い潜って鎧と超大型と対峙する為には、ただの巨人を引き付ける囮も必要。そして巨人を倒してくれれば一挙両得くらいの構えだった。
…全ては人類の為。今出来る全てを集結させ、希望を取り戻す為に。




ワォーーーン


「「!?」」


…その時。森の奥から微かに聞こえてきたのは、遠吠え。


「…獣?」


それを耳にした事のある者は実を言えば殆どいない。女型作戦の時にその声を聞いたのはリヴァイ班のみだ。
それでもエルヴィンの思考には、その声の持ち主は"一人"しかなかった。彼女はもう既に我々の到着に気が付いている。そして、その位置をいち早く報せてくれているのだと。


「奥だ!恐らくこの森の反対側!!周りこめ!」

「敵は外側にむかっているはずだ!散れ!!まずは敵を見つけて全員に知らせろ!!」


第104期兵―アルミン、ミカサ、ジャン、コニーと数名の兵士は森の中へとそのまま突っ込んで行った。
馬を手放し立体起動に移る。


「何だおい…!?団長は獣の言葉がわかるのか?」

「いや…恐らく今の声は、ルピさんだ」

「…は?アルミン何言って――」

「ジャン、説明は全部終わってから!」


アルミンだってミカサだって、本当は何も知らない。けれども遠吠えをするのはあの白い大きな獣くらいだと即座に思い、そして団長がそれに答えたということは、イコールそういう事なんだと言い聞かせているだけ。
今はそれよりも、一刻も早くエレン達を見つけなければならない。ようやく追いついた、この好機を絶対に逃すわけにはいかないのだと。


「「――!?」」


そうして数メートル森の奥へと進んだ時。突如、目の前に小柄な巨人が現れた。しかし木の中腹で幹に掴まっているそれに、誰もが目を疑いブレードを構える。巨人は木には登れない。なのに易々と木に掴まっているその様に「奇行種か」と兵の一人が声を上げたが、


「――っ、待ってください!アレはユミルです!!」

「…アレがユミル?」

「……オイ!ユミル!どうしたんだお前だけ!?エレンは…どこだ!?ライナーは!?ベルトルトは!?」


唯一それを見た事のあったコニーが率先してユミルへと近づいていき、アルミンたちはそれと一定の距離を保った。
コニーが近づいてもなんら反応をしないそれは奇行種でなく彼の言うとおりの人物なのかもしれないが、…それでも、それにしても無反応すぎるとアルミンは少し怪訝になる。


「オイなんか喋れよブス!!急いでんだよ!!」


痺れを切らしたコニーがユミルの頭を蹴飛ばすも、無言のまま微動だにしない。ライナー達を警戒しているのか、はたまた何か別のものを警戒しているのか。それでもキョロキョロと一人一人に顔を向け視線を合わせるその様に、アルミンはどこかデジャブを感じた。
…それは、あの壁外調査で、アニが己のフードを外し、顔を確認したときのような――


「――ユミル!!よかった…無事だったんだね!?」


その時。聞えてきた高音。誰もがその方へ目を向け、…そしてそれはユミルとて同じだった。


「え?」


ユミルは刹那それ目掛けて飛んだ。その高音の持ち主―ヒストリアは、それが大きな口を開けて自身に迫ってきた事に動揺して目を見開く。だが、立体機動の勢いは止まらない。スピードを保ったまま、ヒストリアとユミルが衝突してしまうと誰もが思った、矢先。


ヒュンッ_


「「!!!!」」


ユミルの口は空を切って閉じ、別の木の中腹で彼女は悔しそうにそれを振り返った。

全てが一瞬で、誰も状況を飲み込めていない。ただ、かろうじて見えたのは、その衝突が起こる直前にヒストリアの背後を舞った緑があったということ。
…そしてその緑の正体は、


「「っ、ルピさん!!!」」


ユミルから距離をとった木の枝に着地したルピは、抱えていたヒストリアを降ろし彼女と向き直った。



back