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――あの後
巨人の群れの中にルヴのまま落ちたルピは、事を荒立てぬようソロリとその群れの中を抜け出した後で即座にライナー達の後を追っていた。

このまま森を抜けられてしまっては困る、何とかして足止めをと考えていると、彼等が「クリスタを追う」旨の話で揉めているのを耳にする。
最終的にユミルの"わがまま"が叶い、巨人化した彼女が踵を返して森の中央へ戻っていき、ライナー達は森の出口付近で待機をするようだった。直ぐには森を出ない事が分かったので、ルピはユミルの足止めに注力しようと己も踵を返し森の中へと舞い戻った。ヒストリアさえユミルに渡らなければ、ライナー達の足止めを調査兵団に任せることが出来る。

"私はここにいる"――その意を込めて雄叫びを上げた。団長ならこの声に応えてくれると、信じて。




「ヒストリア、逃げてください。ユミルはあなたを――!?」

「「!!」」


ドゴォ_!!


そうして、間一髪のところでユミルの行動を阻止出来たのに。瞬間、ユミルは身体ごとルピに突っ込んで来、その右腕を力いっぱい振り翳す。地震のような衝撃が枝を伝い、木々が揺れ、葉が舞い散った。


「おい…アイツは…味方じゃねぇのかよ…!?」


その行動にまた誰しもが呆気に取られ、次の一歩が踏み出せずにいる。

鎧や超大型と違って小柄な彼女は動きも早く、次の攻撃までの一手の間隔の狭さに防戦を強いられた。
――本気だと、そう思った。彼女は本気で自分を殺めようとし、ヒストリアを攫う事に必死で正気を失っている。ライナー達との約束を破ればどうなるか、きっと己の命もかかっているから余計。…このまま戦っていれば足止め出来るとは思えない。隙をみてヒストリアの元へ向かおうとしているのが見え見えだ。
だから「逃げて」と忠告しているのに、そう遠くない距離、この声は絶対に届いているはずなのに、どうしてか彼女はこちらに苦しそうな目を向けるだけで動こうとしてくれない。


「クリスタ!!!」


そんなルピの意向を汲み取ってくれたのか、声を荒げたのはミカサだった。
しかし、数メートル距離をとられた隙にユミルが大口を開いて彼女へと飛び込んでいく。ルピはすぐさまブレードを構え直しその後を追ったが、


「ユミル!落ち着いて!!」

「「!!!!」」


ヒストリアは逃げる事無く、寧ろこっちに飛んできた。何を思っての行動かなんてそんな事分かり切っているが、どうしてこうも事態は良い方向へと進んでくれないのだろうかと心ばかりが焦って仕方が無い。
ヒストリアが目を見開くのが見える。ユミルの顔は見えないが、その顔には他の巨人同様の笑顔があるに違いない。標的が自ら、懐に飛び込んできてくれるのだから。


「ユミ」

「「!!!?」」


またも一瞬の出来事、ヒストリアの声は続かなかった。辺りを一瞬冷めた空気が通り過ぎる。全員が愕然とし、その顔に浮かべるは"絶望の光景"を目の当たりにした時と同様の表情。


「あいつ…クリスタを…食いやがった…!!」

「っ、ぼさっとすんな!!追うぞ!!」


ヒストリアを丸ごと食らったその勢いのまま、ユミルは森の奥へ―ライナー達の居る方向へと軽快に消えていく。ルピもすぐさま踵を返し、残りの兵達と共にその後を追った。


「ユミルが何で…!?」

「俺は別に…あいつが味方だとは限らねぇと思ってたがな!」


確か、女型もエレンを口に咥えて運ぼうとしていた。手中で暴れられるよりも口内の唾液で動きを封じる方が、効率がいいと思われる。ユミルの特徴からして、両手をもって木を伝い走った方が地を走るよりも素早い。
現に、徐々に距離は離され気味にあった。


「ルピさんエレンは無事なんですか!?」

「無事ですが、ライナー達に捕らえられたままです」

「っ…ダメだ速ぇ!離される!!」

「…皆さん立体起動をやめて、馬に移ってください。彼らはまたこの森を抜けて逃げるつもりです」


「私が追います」そう言ってルピはルヴへと変わり、地上へと降りた。
平地になれば馬が必須となる。馬との距離が近いうちに彼らは行動を起こした方がいいし、無駄なガスを使う必要もないと考えての助言のつもりだったが、


「――っ!?」

「なっ、なんだありゃ…!?」


それを初めて目にしたコニーとジャンは、知性のある巨人を目にした時のような衝撃を受けその足を止めそうになっていた。…無理もない。巨人に変身出来る人間がいるとすら思っていなかったのに、まさか兵団トップの実力者が白い獣に姿を変えるなんて一体誰が想像出来ようか。


「っ止まらないで二人共!!ルピさんの指示に従って!」
 

それでも「説明は全部終わってから」という二度目のミカサの言葉に背を押された二人は、頭の中の混乱を身体を奮い立たせることで払拭し、馬の元へと急ぎ飛んだ。



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