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「――…!」


森の出口付近、ほぼ均一の大きさの巨木が連なる中、一つ歪な形の影が目に入る。…鎧の巨人―ライナーだ。
ユミルを待ち構えていた鎧はそれが近づいてきたことを確認し助走を付け出す。ユミルがそれに飛び乗り、ローゼ壁門から逃げた時同様の形でまたと逃走を開始した。

ルピは足を止める事無く、久方ぶりに森から出、日を浴びた。目の前に続くは平地。ところどころにある木々は先程まで見ていた巨木に比べて細く、立体機動には向いていない。建物も見渡す限りでは目に入らない。


「…!」


その時、左側に馬の音を見つけた。少し距離をとり進行方向同じくして駆けるのは、我らが団長―エルヴィン。
あの距離でこの巨体が見えていないはずがない。なのにこちらに近づく事無く一定の距離を保って走り続けているということは、彼は何か策を持っているということだろうか。これだけ人が集まっていれば、かつ平地ならば鎧達を見失う事はもう無いと思い、ルピはその方へと進路を変えた。


「――ルピ、ご苦労だった。怪我はないか」


己の存在に気付いたエルヴィンは速度を変えぬままこちらに少し駆け寄ってきてくれた。彼の問いに小さく吠えて返事をすればいつもの笑みが降ってきて、久しぶりに確認するエルヴィンの姿に心がどこか安心しているのが分かる。団長の存在の大きさを改めて確認させられたが、今は悠長に再会を喜んでいる暇は無い。


「我々は奴等に気付かれないよう回り込み、正面から突入する」


刹那聞えてきた後ろからの大音にチラリと目を向ければ、調査兵―いや、見た事のない顔ぶればかりが巨人に追われ必死に馬を走らせている光景に二度驚く。
ハンジ班、ミカサやルピがいても力が及ばなかった者達に再戦を挑むつもりは毛頭無い。目には目を、歯には歯を、巨人には巨人を。そう、我々にとっての敵は、彼等にとっても厄介な敵。それを正面からぶつければ彼等の足を確実に止める事が出来る。…我々の足も止まるのは確実だが、彼等を攻撃してくれる者が少しでも増えるならば手段は選べまい。


「巨人が鎧を捕らえたらルピ、真っ先にエレンの元へ向かってくれ。そのままの姿なら巨人も君を襲うことはない」


確かにその大役は自分にしか務められないと思うが、それでエレンがすんなりと救出できるとも思えなかった。ベルトルトやユミルがどうでてくるかも未知数。
だが、エルヴィンは全てを自分に任せる気はないようだった。「それでも不可能ならば、我々も応戦する」と。数打ちゃ当たる、人類の希望を取り戻せるならば最後の一人になってでも進み続けるのだと。
エルヴィンらしい言葉を久しぶりに聴いた耳は喜ぶようにピンと立ち、下された命に意気込むように駆ける足に力を入れる。…やはり自分は命に従う方がしっくりくるだなんて逸れた思考を持った、

――その時


「――ぎゃあああああ!!」

「「!!」」


右から聞えた叫び声。見れば鎧の肩に乗っているユミルの前に、ブレードを構えるミカサの姿。鎧のすぐ後ろには多数の馬が駆けていて、104期兵の顔ぶれも見える。皆追いついてきたようだ。…正念場は、ここからだ。


「行け、ルピ。今はまだ"彼等"を失う時ではない」


ルピは一目エルヴィンに顔を向けると、すぐさま鎧の元へと向かった。


===


「チッ…!!」


大きな舌打ちと共に、自分のそれより何百倍もある大きな指の隙間からミカサは中を睨み見た。暗いながらも差し込む光で中に居る人物の確認は出来る。
人間の姿のベルトルトと、その背に縛られているエレン。
鎧に追いついた際には、彼は無防備にその肩に乗っていただけだった。一番の邪魔者だったユミルに切りかかって刹那ミカサはベルトルトへと向かったが、ミカサになら今度こそ殺されかねないと思ったベルトルトは鎧の首前に移動し助けを請い、鎧は己の固い手で自らの首を絞めるように彼を覆い、ミカサの攻撃を防いだのだった。

どうしてこうも事は上手く進まない。あと少しで、届くのに。


「――ヴァウ!!」

「!!」


それに追い討ちを掛けるかのごとく、そっちがその気ならと、ユミルがミカサに襲い掛かってくる。やはり先に厄介なユミルを殺さなくてはと、ミカサがブレードを構え1歩踏み出した時。


「――待ってよミカサ!!」


ユミルの前に立ちはだかったのは、彼女に"喰われた"筈のクリスタだった。


「クリスタ!?」

「待って…!ユミルを殺さないで!」

「…それはユミル次第でしょ!?どうする!?私は邪魔するものを殺すだけ!選んで!」

「待ってよ!ユミルだってライナー達に従わないと殺されるの!選択肢なんてないんだって!」

「…!私が尊重できる命には限りがある。そして…その相手は6年前から決まっている。ので、私に情けを求めるのは間違っている。なぜなら今は、心の余裕と時間がない。クリスタあなたはエレンとユミルどっち?…あなたも邪魔をするの…!?」


今すぐブレードを目の前の敵に翳したいミカサのその表情は、今までに見たことがないくらい恐ろしいものだった。けれどもクリスタは怯まなかった。落ち着いて話せる状況でもない。かといって、無慈悲に"友達"を殺されていいわけが無い。自分達は"巨人"とは違うのだから。
それでも、クリスタは選べなかった。ユミルの味方だと断言すればミカサが牙を剥く。エレンの味方だと"嘘"を吐けばユミルを傷つける。

クリスタは、"良い子"になれそうになかった。


 ===


「――…っ、」


その騒動の最中、エレンはその意識をようやく取り戻した。開けた視界に差し込んでくる光は少なく、自分が今居る場所を把握するのに時間を要したが、その感触と色に見覚えがありすぎた。
身体を動かそうにも動かせない。感じる背中の熱は"誰か"のもので、手足もご丁寧に縛り付けてあり、口も開けない。…自分が暴れる存在だと良く知っている奴等の仕業だとすぐに分かった。


「〜〜〜!!」


それでも、ジッとしていられる筈が無かった。目を覚ましてから聞える外の喧噪はいつになく酷い。何が起こっているのか知りたくて、隙間から差し込む光の下へ行けば状況が分かりそうなのに思うように身体は動いてくれない。…自分を背負う"腰巾着野郎"がそれを拒むのだ。


「…クッ!やめろエレン!暴れるな!!」

「――そりゃ無理があるぜベルトルト」

「「っ!?」」


周りには誰もいないと思っていた際の、突然のその声。いつも自分を馬鹿にしてきた"馬面"のものだった。ヒュンッ、ヒュンッと次々に聞こえるワイヤの音に、人が集まっているのを感知したエレンはその存在達にただ驚いた。


「そいつをあやしつけるなんて不可能だろ!?うるさくてしょうがねぇ奴だよな、よーくわかるぜ!俺もソイツ嫌いだからな!……一緒にシメてやろうぜ…まぁ出てこいよ」

「ベルトルト…返して」

「なぁ嘘だろベルトルト、ライナー?今までずっと…俺たちのことを騙してたのかよ…そんなの…ひでぇよ…」


久々に集った104期のメンバー達。
それぞれの声に、大きな手の中から返事は無かった。



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