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鎧に追いついたルピは人に戻って刹那彼等の集まる方へアンカーを飛ばし、一人その金色の頭上へと着地した。

鎧の手中にいるであろうベルトルトを取り囲むようにして、104期兵は説得を試みているようだった。訓練兵時代の思い出を語るジャン。生き残るための術を、大人になっても皆で飲み明かそうと語り合った事は嘘だったのかと嘆くコニー。
…アニの時と、同じ。仲間の裏切りを認めたくなくて、どうしても信じたくなくて。それでも調査兵団としての使命を全うしなくてはいけなくて。複雑な胸中、全てを投げ出したい気持ちを堪え、こうして話し合える機会のあるうちに、その真意を知りたくて。


「お前等…今まで何考えてたんだ…!?」

「…そんなものわからなくていい。こいつの首を刎ねることだけに集中して。一瞬でも躊躇すればもうエレンは取り返せない。こいつらは人類の害。それで十分」


ジャンやコニーがその表情に苦渋を浮かべる中、ミカサにはもう慈悲など必要なかった。エレンを攫われた。それだけで十分な敵意があるんだって、どうしてクリスタも皆も分からないのか、ミカサにはそれが理解できない。
エレンの事となるとミカサは他なんてどうでもよくなる。それが吉とでるか凶とでるかなんてその時の状況にならないと分からない不安定な要素ではあるが、仲間の迷いを断ち切るという意味では、その冷たい言葉よってこの場の淀んだ空気が払拭されるならそれはそれで良かったのに。


「――誰がっ!!!!」

「「っ、!?」」


…まさかそれに大きく反感を買うなんて、思ってもいなかった。ずっと、ずっとライナーの後ろで黙って冷静に事が過ぎるのをただただ見ていただけだった、男に。


「誰が人なんか殺したいと!!…思うんだ!!」

「…っ、」

「誰が好きでこんなこと!!こんなことをしたいと思うんだよ!!」


手中から響く、くぐもった怒声。それには誰も、何も返せなかった。ただただ唖然とした表情で、見えないベルトルトの声へと視線を注ぐ。


「人から恨まれて、殺されても…当然のことをした。…でも、僕等は罪を受け入れきれなかった……兵士を演じている間だけは、少しだけ楽だった…」

「「…!」」

「嘘じゃないんだコニー!!ジャン!!確かに皆騙した…けど、全てが嘘じゃない!!本当に仲間だと思ってたよ!!…僕等に…謝る資格なんてあるわけない…けど…誰か…頼む…誰かお願いだ…」


"誰か僕等を見つけてくれ"


「…………」


この壁の中が悪だって、この世界は滅亡すべきなんだって、自分達の"故郷"が唯一なんだって、それが正しいんだって刷り込まれてきた。…けれども、そうじゃない。そうじゃないと彼等は思ってしまった。この世界に、馴染んでしまった。ライナーの精神が崩壊してしまったのも、ベルトルトがここまで追い詰められてしまったのも、全部、全部、"悪い"のは――


「…ベルトルト、エレンを返して」


誰も何も返さない―否、返す言葉が見つからない中で、それでもミカサは我々の"結論"を口にした。それが、全て。どんな理由があろうとも、今この状況では、それが全てだから。


「……駄目だ、できない。誰かがやらなくちゃいけないんだよ…誰かが…自分の手を血で染めないと…」


ズシンズシンズシン_


「…!――皆さん、一旦ここから離れましょう」


ベルトルトの言葉にまたと考えさせられるものはあったが、足元に集中していた耳が遠くの音をキャッチし、ルピは一旦気持ちを切り替えようと声をかける。
正面から迫る、次なる作戦の音。ルピの声に104期兵達は顔を上げ、そして彼等もようやくそれに気付いた。


「――お前等そこから離れろ!!信じらんねぇ…どういうつもりだエルヴィン…!!巨人を引き連れて来やがった!!」


鎧のすぐ後ろを走っていたハンネスが声を荒げる。
多数の巨人の前を鬼の形相で駆けるエルヴィンと、数名の兵士。このままでは正面衝突に巻き込まれると、ハンネスも一旦その場から距離を取り、104期兵達も離散した。ルピもルヴになり地上へと下りて様子を見る。


「――総員散開!!巨人から距離を取れ!!」


鎧の巨人まであと少し、という時。エルヴィンの声に従って巨人の前を駆けていた兵士たちは即座に左右に散り、巨人達は散り行くそれよりも目の前に現れた大きな"獲物"目掛けてまっしぐらに走る。
鎧は怯むことなく、両手を首に当てたまま構えを取って巨人に突進していった。体格や力では鎧が圧倒的に有利なのは言うまでもなく、巨人達は次々に薙ぎ倒されていく。

それでも、数には敵わない。鎧の足が止まる。巨人がこれみよがしにそれに群がる。ルピは躊躇せず、またとその方へ駆けて行った。


「ルピさん!!無茶だ!!」


隣で様子を見ていたルピが突如果敢に突っ込んで行きアルミンは思わずその後を追おうとしたが「待て、アルミン」と後ろからやってきたエルヴィンの制止を受け、手綱を引く手を止めた。


「彼女はあの姿だと巨人の捕食対象にはならない」

「…!?」

「少し様子を見る。もう少し離れよう――」


 ===


巨人の機嫌を損ねぬようその身体を伝って鎧の首元へと辿り着いたルピは、大きな手の隙間から中を伺った。


「…!!」


ベルトルトと、目が合う。彼は至極驚いた顔をし、そのまま鼻を突っ込んでこじ開けようとするも気付いた鎧が指に力を込め、鼻を挟まれたルピは取り急ぎそれを引っこ抜く事に注視した。
無事引っこ抜けてフルフルと身体を振り気を取り直し、指の間接部分に噛み付き引き千切ろうかと試みるも、鎧は巨人に突進しながら身体ごと大きく揺さぶって来、己の攻撃からも逃れようと必死さを見せる。足場がぐらつき顎に力を注力できない。人間だったならばアンカーを刺して支点に出来るが、この姿だと4本の足で身体を支えねばならない為、平らでない彼の身体の上で存分に力を発揮するのは少々困難を極める。
それに、


「――ヴヴ!!」

「!」


やはり、邪魔をするのはユミルだった。クリスタを狙う巨人を蹴散らしながら攻撃を仕掛けてくるユミルもどこか余裕がないように見えるが、和解はもう諮れない。

ルピは一旦、鎧から距離を取った。このままでは埒があかない。人間に戻って攻撃を仕掛けるべきか、否か。…しかしそうするには、条件が悪すぎる。一人でこの巨人の密集地帯をどうにかできる自信はない。
ルピはチラリと、エルヴィンの方を振り返った。


 ===


「――何だこりゃ…地獄か…!?」


少し離れた場所から、巨人に囲まれた鎧を伺う兵士達。
エルヴィンは暫くルピの動向を見守っていたが、肌色の中で動き回る白のそれを見るに、やはり彼女一人の力ではそう簡単には打開できないと了知する。
やはり、"囮"は必要。隙をついて、誰か一人でもあの頑なな両手を解くことが出来れば。


「――総員!!突撃!!」


エルヴィンはブレードを天高く上げた。


「人類存亡の命運は今!!この瞬間に決定する!!エレンなくして人類がこの地上に生息できる将来など永遠に訪れない!!」


誰もがその声に唖然とし、恐怖からか鼓舞からか心を震え上がらせた。巨人の手から逃れられているこの好機を投げ出し、その狂乱の渦中へ身を投げ込む覚悟をするかのごとく。


「エレンを奪い返し即帰還するぞ!!――心臓を捧げよ!!」


我一番に飛び出して行ったミカサの後、ジャン、コニー、アルミンもすぐさま馬を走らせた。



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