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「――やったぞ!手を離した!!」


再び鎧の元へ向かう最中。何度突進し蹴り倒しても減らない巨人の数に痺れを切らし憤慨したのか、ついに彼はベルトルトを守っていた両手を解いた。


「っ今なら…!」

「オイミカサ周りの巨人がみえねぇのか!?…つーか誰かあそこまで行けんのかよ!?この巨人の中を掻い潜って…!」

「迷うな!進め!!」


ジャンの言葉を払拭するように、エルヴィンが叫ぶ。――しかし、そこで彼の"誤算"は起きた。


ドォッ_!!


「「!!!!」」


鎧の巨人ばかりに注視していた為か、その場所だけ木々が密集し死角になっていた為か、その巨人が他の巨人と異なる形態だった為か。突如木の陰から現れた四つん這いに走る巨人に狙われた一人の兵士。


「うわあああエルヴィン団長ーー――!!」


誰かの叫ぶ声はルピの元まで届いていた。そちらに目を向ければ、――右腕を巨人に喰われそのまま連れ去られていくエルヴィンの姿。


――っ、


誰もがその光景に絶句し、踵を返そうとした。調査兵団のトップがまさかここでそんな事態に陥るなんて思っていなくて、思考は既にそれを助ける方へ動いていて、


「進め!!!!」

「「!!!」」

「エレンはすぐそこだ!!進め!!!!」


しかし、右腕を巨人に喰われながらも左手に握ったブレードでしっかりと指揮を出すエルヴィンの気迫に、その眼差しの力強さに後押しされ、皆は意を決し鎧へと向かった。自分達がここに来た―心臓を捧げに来た目的は、団長を守る為では無いのだと。


バシュッ_!!


「――エルヴィンさん!!」


ルピはすぐさまその元へと走っていた。一人の兵士が団長を救い出し介抱に当たっているのを確認し、近くに群がる巨人を全て倒しその場を危険から粗方遠ざけた後、その方へ駆け寄る。


「…ルピ、行きなさい。私の代わりはいくらでもいる」

「エルヴィンさん、"乗って"ください」


ルピが彼の元へいち早く駆け寄ったのは、確かに彼の命を助ける為でもある。しかし、それだけが理由ではない。分かっている。負傷しただけで彼がその場を退くことなど無い。両足が無くなっても彼は歩くだろう。両腕が無くなっても彼はブレードを握り締めるだろう。どんな状態になっても、彼はエレンを助けだそうとするだろうから。


「ベルトルトの元まで共に行きましょう。その方が、"効率"が良さそうです」


巨人を避けながら、彼等に気付かれないように近づきエレンを奪還する。それにはきっと、ワイヤの音と長さが邪魔になる。ライナーがその両手を開放したとなると、彼は躊躇無く我々も攻撃してくるだろう。アニの時もそう、彼女に群がった兵士は皆、ワイヤを取られ命を賭していた。立体機動での移動が危険ならば、それをカバーできるのは自分の力―ルヴだけだ。
己が彼等の視線を掻い潜り、団長はベルトルトとエレンを結ぶ紐を断つことに専念する。これ以上の方法はない。


「!…あぁ。頼んだ、ルピ」


エルヴィンはその意向をすんなりと受け入れてくれた。
エルヴィンを乗せてルピが走るのは、これが初めてだった。


 ===


何人もの兵士が巨人に捕まっていく中、ミカサは鎧の巨人の喉元へ再び足をつけることに成功した。


「っ!!」


そこにはユミルもクリスタもいなかったが、気に留める事もせず顎の下に隠れるようにいたベルトルトを発見し即座に飛び掛るも、間一髪のところで避けられてしまう。
そうして刹那、背負われているエレンと目が合った。必死の形相で喚くエレン。助けてくれ、とミカサには聞こえた。だが、そうしたいのに、出来ない。心ばかりが焦って仕方が無くて、…だからミカサは、気付けなかった。


「!うっ、ああっ――!!」


彼の喚きの真の意味。エレンとその目があった瞬間に、緩んだ気。その一瞬を、背後にいた巨人に奪われる。


「ミカサ!!…クソッ、てめぇ!!放しやがれ!!」


巨人の手に捕まったミカサを救出すべく、ジャンはすぐさま動いていた。項に廻り込むより先に巨人の眼球を潰す。痛がって巨人はパッとミカサを握っていた手を離し、彼女は地へと落ちていった。


「ッ、ミカサ!!」


その一部始終を目撃していたアルミンはしかし、辿り着いたベルトルトの元から動こうとはしなかった。
どうすればいいか分からない。何をどうすればこの戦局を打開できる。何を言えば、彼等は思いとどまってくれる。どんな苦労話も、願いも、聞き入れてもらえない彼等に、何を言えば、


「…!」


その時。チラリと前方、目に飛び込んできたのはこちらへと全速力で駆けて来る白と金色。それらが何を考え行動しているのか察知したアルミンは思考をフル回転させ、答えを導き出す。――ベルトルト、ライナーの思考回路を遮断させる、手段を。


「…いいの?二人とも。…"仲間"を置き去りにしたまま故郷に帰って…」

「「!!!?」」


仲間。…そう、二人がこうしてタッグを組んでいるのは他でもない、そうする理由が存在したから。その為に今まで彼等は諜報員として潜んできた。…"仲間"と共に。
もう一人の、"仲間"と、共に。


「アニを置いていくの?アニなら今…極北のユトピア区の地下深くで、拷問を受けているよ?……彼女の悲鳴を聞けばすぐに、身体の傷は直せても痛みを消すことが出来ない事はわかった」


ゆっくりと、諭すように。その悲惨さを訴えるように、アルミンは震える声で小さく、しかし確実に二人の心を揺さぶるように語り掛ける。
話す中―いや、それを思いついた瞬間から、アルミンには確信が生まれていた。伊達に三年一緒に過ごしていない。彼等三人が同郷とは気付けなかったけれど、それでも分かっていた事は一つだけある。

――ベルトルトが、アニに好意を寄せていた事。


「死なないように細心の注意が払われる中、今この瞬間にもアニの身体には…休む暇もなく様々な工夫を施された拷問が――」

「…悪魔の末裔が!!根絶やしにしてやる!!!」


だからそう、この残酷な話で彼がその気持ちを平然と保てるわけがなかった。カッとなったベルトルトがブレードを抜いて、立ち上がる。ベルトルトの怒りに満ち溢れた顔を初めて見るも、今は同情心すら微塵も浮かばない。
彼は怒りで周りが見えていない。――背後に現れた、白く大きな影にも。


シュッパッ_!!


「「!!!!」」


途端に軽くなった背の重みに、真横を通り過ぎる獣とその上に乗る人物の左手に握られている刃をみたその瞬間に。
ベルトルトは、ようやく事を理解した。



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