ヒヒーーーンッ!!
今日は訓練を始めて、初めての馬術の練習日。壁外―市街地を抜けて次の街までの移動に馬は必須。なぜなら、平地での立体機動は何の意味もなさないからだ。
ヒヒーーーンッ!!
馬に乗る事もさることながら、それの扱いには十分慣れておきたいところ。その為には基本的な体力や筋力が無ければ意味をなさない。だから今日まで馬の訓練はせず専らそちらに重点が置かれていた。
「…………、」
それにリヴァイは何の懸念もしていなかった。これまでリヴァイの命を忠実に卒なくこなし、最早歴代最高の地位となりつつあった優秀なルピ。馬だってサラリと乗りこなすだろう、そして最後まで何もかもを完璧にこなしてくれるという期待しかなかった、
「…、あの、よろしく…」
…のだが。
「っ、わ、――!!」
ヒヒーーーンッ!!
…ここへきて、重大な問題に直面することとなった。
「――おい、ルピよ」
「はい」
「ここへきて何か?反抗期か?」
「…いいえ」
「だったら真面目にやれ」
「……、はい、すいません」
いや、本人がすごく真面目にやっている―というよりやろうとしているのはリヴァイにもわかっていた。…が、これは彼女に怒りを向けるしか術が無い。なんたって相手は馬で、今まで何百人とその背に人を乗せてきた優秀な馬で、飼い主がペットに怒るのと同様でいくらそれに罵倒したって馬の耳に念仏になるワケで。
「…お前、過去にコイツらに何かしでかしてんじゃねぇだろうな?」
「……そんな記憶は、」
毛頭ない。全くない。寧ろこちらから仲良くして下さいと頭を下げただろう。まさかこんなところで躓くなんて思いもよらない。リヴァイ同様この状況に困惑しているのはルピだって同じだった。
ヒヒーーーンッ
それはリヴァイがルピの前に馬を連れて来た時から始まっていた。いつになく落ち着きが無いなと多少リヴァイは思っていたが、巨人の元へ向かうわけでなくただの訓練だからとさほどそれを気には止めていなかった。
しかしいざルピに手綱を渡し彼女がそれに近づくと、馬はものすごい勢いで嫌がり逃げ出してしまったのである。乗るなんてきっと問題外。何度やっても同じで、また違う馬を連れてきても同じで、どいつもこいつもルピが触れようとすると一目散に逃げてしまうのだった。
――まるでそれに、怯えているかのように
「…なんで、でしょうか……?」
それはまるで"あの頃"の再来。子どもたちが自分を見て逃げて行くのと同様だった。馬にまで嫌われているなんてこんなショックな事ないが、でも本当に自分は彼らに何かをしたとかそんな事はなくて、というより対面するのも初めてなのに、…ちょっと酷いとルピは思う。
「…俺が知るかよ」
何とかしろ。としかリヴァイには言えなかった。こんなやつ今まで見たことがない…いやそれは今までの優秀さも兼ねての言葉ではなく、馬に逃げられるなんてどれほど馬になめられているのかという呆れた話の方である。
そうして少し(いやかなり)イラつきだしたリヴァイが馬を睨んだって効果はまるでナシ。埒があかない。馬の乗り方ならまだしも馬と仲良くなる方法なんて知らないし聞いた事が無いし、そんな必要があったのかと寧ろこっちが聞きたいくらいである。
「……言っておくがルピ、馬に乗れねぇようじゃお前のその優秀な耳も鼻も身体能力も全くの無価値になるんだぞ」
「、はい」
「俺達を失望させるな」
何とかして触らせてもらえるようになれ。そう言ってリヴァイはその場を後にしてしまった。
「……はい」
失望。失望。失望。その言葉がやたら木霊する。ここへきてそれをほのめかされたことは何度もあるが、今ほどまでにそれが現実味を帯びるようなことはなかった。
「……」
もしいつまでたっても馬に乗れなかったら、どうしよう。どうしよう。どうすればいい。自分は本当にただの用無しになってしまう。必要とされなくなってしまう。"あの頃"に、戻ることになってしまう。
…なんとかしたい。なんとかしなければ。この場所を失いたくない。やっと手に入れた、自分が存在できる場所を。
「…っ、」
ルピはこの日、初めて焦るという感情を知った。