03



――翌日。


「…っ、」


暗闇から目に光を入れる。いつになく身体が重く、目覚めも悪い。縮こまっていた筋肉を伸ばすように全身をベッドに貼り付け、ルピは一つ大きな欠伸をした。


「……」


小窓から入る日差しが眩しい。鳥の囀りも聞こえる。いつもと同じ、朝。
思ってみれば丸一日寝ないなんて初めての体験をした。だからこんなに身体は重くて脳はまだ眠りを欲しているんだと思ったが、チラリと目に入った時計の針の位置にまたもや寝坊してしまったと眠い目を擦って身体をゆっくり起き上がらせる。
部屋には一人、リヴァイはいない。
そういえば彼の帰りを待っていようと起きていたつもりだったが、いつの間にか眠ってしまったらしい。こんなこともまた、初めてのように思う。それを思えばリヴァイが怒っているのでは、と少し後悔した。加えて翌日の朝寝坊、お叱りを受けるのは御免だと、ルピは急いで服を着替え始めた。







Beherrscher








「――おはようございます」

「あぁ」


駆け足で食堂に行けば、やはり遅めの時間だからか、その場に騒がしさは無かった。入って瞬間目の前のイスで優雅に紅茶を飲むリヴァイの姿に、たった二日戦地に出詰めだっただけなのに、日常が戻ってきたのだと酷く気が抜ける思いがした。一区切り、という言葉が相応しいのだろうか。


「すいません、昨夜先に寝てしまって」

「…何故謝る」

「…今朝も、寝坊をしてすいません」

「…何故、謝る」


まったくコイツは朝っぱらから辛気臭い顔をして。先に寝付いてはいけないなどという亭主関白っぷりを発揮した覚えもなければ朝寝坊で怒った記憶も無い。最近思う、彼女は無駄に謝る事が多いと。


「…お前は誰よりも戦地で心臓を捧げている。今回もエレン奪還を成功させ、おまけに命令以上の働きをした。……その見返りの"ご褒美"だ。謝る必要はどこにもない」

「はい、ありがとうございます」

「疲れは」

「少し身体は重いですが、平気です」

「そうか」


タフだ。本当にその言葉が相応しい。ルピはきっと自分だけが遅起きだったと思っているのだろうが、実際この食堂に顔を出したのはアルミンとモブリット、ニファだけ。他の奴は未だ夢の中、きっと叩いても殴っても起きやしないだろう。いいご身分だと思う傍ら、戦禍に身を置いていなかった自分には何も言う資格はない。急ぎでやらねばならない仕事はないが、…それでも壁の中はまだ混乱の最中にあるからのんびりしている暇はないのだが、こうして紅茶を優雅にすする自分にも言えることなので他言はしない。


「エルヴィンさんの容態は」

「…命に別状はないようだが、血を流しすぎている。当分起きねぇだろうな」

「…そう、ですか。ハンジさん…は――!?」

「――ルピーーー!!」

「「!」」


名を口にして即、廊下に響いた足音でその本体が元気なことは分かった。分かったが、刹那己に向かって飛び込んできたそれを全身で受け止めるには奇襲すぎて、ルピはよろめきそのまま床とご対面するはめになった。


「ルピ!!!お疲れ!!!本当によくやったよ!!!」

「…ハンジ、さん。元気そうでなによりです…」

「あぁ私は大丈夫だ!一日寝たら元気になったよ!」


「ルピこそ元気かい!?怪我は!?」と言うハンジにリヴァイが「今の衝撃で怪我を負ったんじゃねぇか」と言いながらまたと優雅に紅茶を啜る。こうしたハンジの抱擁を受けるのは久方ぶりだが、やはり些か痛い。


「すまない。滾ってしまった」

「いえ、大丈夫です」


慣れました、とは言わなかった。


「…で?ただルピにタックルを食らわしに来たワケじゃねぇだろ」

「あぁ、そうだ。ピクシス指令と相談して、今後の方針を決定してきた。…エルヴィンがあんな状態だからね」


ハンネス先遣隊の報告後、念のため再度別の兵数人が同じルートを通り壁の穴の位置特定に急いだが、やはり壁が破壊された形跡は見つからなかった。巨人が壁外から侵入してくる恐れは無いと踏んだがしかし、壁内に出現した巨人の本数が分からない為、隅から隅、端から端までその存在の有無を確認し確実に抹消するという任務が待っている。それには膨大な時間がかかるだろう。ましてや今尚ローゼからシーナへと住民の避難誘導が行われているらしく駐屯兵団も出ずっぱり、久々に憲兵も"兵士らしく"働くことが出来ているみたいだが、…壁内は自分が想像していた以上に慌しい事になっているようである。


「とりあえず調査兵団への要請はいまのところ要しないとのことだ」

「そうか。それは助かる」

「だけど…ルピ。君にはピクシス指令から直々に出場命令が下ったよ」

「!」

「…何だと?」


ピタリ、と何度目かの紅茶を啜る動作をリヴァイは止める。


「ルピの鼻と耳の力を拝借したいとのことだ」



back