04



軽めの朝食を取って後、ルピはリヴァイとハンジと共にピクシス指令のいるトロスト区駐屯兵団本部へと向かった。


「――久しぶりじゃな。元気にしておったか」

「はい、ピクシス指令。指令こそお元気そうでなによりです」


ささ、こちらへ。とピクシスに促され、部屋へ足を踏み入れる。テーブルに置いてある、恐らく数分前に用意されたティーポットから漂う紅茶の匂いにリヴァイが「お茶会をする為にわざわざ呼び出したワケじゃねぇだろ」とすぐさま反応を示したが、紅茶好きの彼のことだ、イスに座ったらすぐに手を付けるんだろうなと思いながらルピは通されたイスへと腰掛けた。


「ウトガルド城…その後の壁上での攻防、エレン奪還の話は聞いておる。素晴らしい戦いぶりをみせてくれたようじゃの」

「いえ、そんな大した事は…」

「あぁ、お陰でエレンもヒストリアも無事。エルヴィンの負傷は痛いが、調査兵に損害が少なかった事は有り難い。…なんせこの1週間の内に極端に数が減っちまったからな」

「憲兵は囮に使われたと騒ぎたいでしょうが…この混乱の最中そんなことも言ってられないでしょう」

「…で?この混乱を収める為にコイツの能力を利用したいって話だが?」

「あぁ、そうじゃ」


ウォール・ローゼの安全が宣言されるまで住民はシーナ内にある地下街―本来は巨人に備えた避難場所として用意された空間であるが、現在はあらゆる娯楽と犯罪が集る無法地帯と化した場所―行きが決定し、次から次へと其処へ押し込まれている状態が今尚続いているそうだ。住民の不安や恐怖を極力抑えながら確実に避難させ、狭い地下内にどれくらいの間匿っておけるかも未知数だが、ピクシスもハンジもリヴァイも、もって数週間が限度だと思っていた。
よって、早急に安全宣言を出したいところではあるが、壁上の警備、避難民の誘導に全駐屯兵が出払っており、広いローゼ内の確認に回れる兵は手薄。それなりに訓練を重ねてはいるものの、巨人に手馴れていないものも多いのが現実だった。


「お主は変身するとその能力をより高めることが出来ると聞いている。その耳と鼻があればいち早く巨人の位置を特定することが出来るのであろう。…全兵が出回っているこんな時じゃ、損害を少しでも減らし、時間をかけないで済むのなら猫の手も借りたいという事じゃ。…どうだね、我々に協力してくれんかね」


ルピはじっとピクシスに向けていた目をリヴァイの方へ移す。壁内での己の行動の権限は全て彼にあるので指示を待つ。紅茶を啜り一呼吸置いたリヴァイが「それを言うなら犬の手もだろ」と言って背もたれにユックリともたれ掛った。


「使ってもらうのは構わん。…が、ルヴで周らせるならば付属の者は爺さんの信頼に足る兵にしろ」


恐らくエルヴィンがルヴの使用を許可したのはその力を最大限に使用するためでもあるだろうが、連れて行った憲兵に生存者が出ないことを踏んでいたのではないかと今ならそう思える。実際、生き残った憲兵も今瀕死の状態らしく、たとえ生き延びたとしても地獄の中に身を置いたのだ、その記憶は混乱と曖昧で埋まっているだろう。
よって、結局彼女の能力はまた調査兵団の機密内に収まる可能性が高い。しかし、それでローゼ内を"優雅"に駆け回るとなると話が違ってくる。その駐屯兵が外部に漏らす確率は大いにあり、この情勢の最中、新たな問題としてこれを取り上げられるのはハッキリ言って面倒―いや、御免被りたいのがリヴァイの考えだった。


「あぁ、そのつもりじゃ。二人で事足りるかね?」

「十分だ。寧ろルピ一人で事足りる…と言いたいところだが、何かあった場合に伝達係くらいは必要だろうからな」


事前にその二人に話は付けてあると、流石はピクシス指令、用意周到だ。早速午後からでも行って貰いたいと言われ、ルピは何の遺憾も無く「わかりました」と大きく頷いたが、


「…その前に、聞いて欲しいことがあります」


どうしても、話しておかなければならない機密があった。


「…全てが片付いてからでは遅ぇのか」

「……わかりません。でも、とても重要なことなので、一人で抱えては置けません」


ルピがそう言えば、リヴァイとハンジは互いに顔を見合わせる。いつになく神妙な面持ち(本人は顔に出ていることに気付いていない)な彼女に、リヴァイは「わかった、聞こう」と、背もたれにどっぷり付けていた背を起こし前のめりになった。


「…ライナー達が、ルヴについて知っていました」

「!」

「…何だって!?」


しかし、どうして知っているのか、どこまで知っているのかは条件を突き付けられた為聞けなかったとルピは言った。恐らくエレンを引き渡す等の交換条件が提示されたのだろう。その力―いやルピ自身に利用価値があると味方でも思うくらいだ、それを引き合いに出された可能性もある。
だが、ルピにとってそれは衝撃だった筈だ。ハンジがどんなに調べ尽くしても出てこなかった情報を彼等が持っているとなれば、それについて酷く知りたい衝動に駆られた筈。しかし彼女は、それに乗らなかった。エレンを守るという忠誠心か、人類の希望としての意地か。…双方賢い奴等だな、とリヴァイは思う。


「それと…」

「何だ」

「…そもそも、私は…ライナー側の人間…らしいです…」

「「…!」」


たどたどしく、珍しくもごついて話す彼女。…あぁ、だから一刻も早く聞いて欲しかったのだと悟ってやった。ずっとそれが気がかりだったのだ。今まで人類の為に尽くしてきたのに、壁の破壊を目論む奴等を始末するためにやってきたのに、己がそっち側だと申告され、戸惑わないわけがない。ましてや巨人の力とも似ても似つかない特殊な力を持っているというだけで他とは異なることを自負しているのに、"悪者"の方の人間だと言われれば、余計。


「…ライナー達は、目的を達成して…故郷に帰るんだって言ってました」

「故郷…か。それは…この壁の中に存在してるって?」

「いえ、確信はありませんが…恐らく、壁の外です」

「「!」」


この人類にとっての世界がこの壁の中であるように。彼等にとっての故郷もきっと壮大で美しく、絶対的存在。彼等の会話から感じ取った推測を、ルピは淡々と語る。"座標"という言葉やヒストリアの話、ベルトルトの言葉、最後の巨人達の行動についても話した。


「…ん〜、何だか複雑な問題になってきたね…」

「…この件についてはエルヴィンの意見を聞きたいところだな。…奴が目を覚ましてから考えることにしよう」

「…そうじゃな。取り急ぎ、目の前の問題を片付けなければ前には進めん」

「わかりました」


少しの間、沈黙が流れた。今話すべきではなかったことかもしれない。それでも、どうしても聞いて欲しかった。何を言われなくとも、解決しなくとも、話すだけで少し心が軽くなった気がしたから。


「…だが、これだけは言える」

「?」

「何があっても俺達がお前の味方ということに変わりはねぇってことだ」

「…!」


「覚えとけ」まるで己を慰めるかのように。目線をずらして伺ったハンジの顔にもピクシス指令の顔にも笑みがあったこと、それだけでルピの中の一抹の不安は綺麗に消えていた。



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