05



ルピの話から、曖昧だった調査兵団の次なる方針が大方固まった。

多数の巨人に襲われたものの、あのままライナー達が終わりを迎えるとは到底思えなかった。チラリと耳にした話ではユミルが彼等を助けに走ったらしい。最後の最後にユミルがライナー達を選んだのには何か理由があるのだろうが、それを知る術はもう存在しない。
しかし彼等が生きているのであれば、また壁を破壊し、エレンを狙ってくる可能性も考えられる。こう何度も何度も壁を破壊されていては人類も全滅しかねない。よって、以前―エルミハ区に向かうまでに荷馬車でハンジやアルミンが語った"エレンの硬質化"。これが何より重要課題、優先事項となるだろう。


「元気でタフな104期の連中を新たに俺の班に加える。俺達の班はエレンの硬質化実験へと踏み切る準備を進めよう」

「そうだね。…ただ、大っぴらにするのはやはりよくない。エレンとヒストリアはまだ大人しくしておいた方がいいだろう。…身柄を隠せる場所、そして存分に巨人化できる場所を確保しないと、」

「…それなら、ワシに任せなさい。最高の土地と物件を探しておくとしよう」

「ありがとうございます、ピクシス指令。……そうと決まったら、私の班はラカゴ村や出現した巨人について詳細に調べるとするよ」


ハンジはローゼ壁上でコニーの話を聞いた時からずっと、何かがひっかかっていた。壁の穴の特定が終わったらすぐにでも村に行こうと考えていたところの、大型巨人の襲撃。エルヴィンと動ける調査兵、そして憲兵がエレンの奪還に向かって後、動かない身体を何とか動かしてまで行こうとしたが、優秀な部下モブリットがその代役を買って出、他数名と偵察に走ってくれたのだが、…そこで、彼がとんでもない光景と事実を目の当たりにしたらしい。そのとんでもない光景について今は教えてくれなかったが、出身のコニーを現場に連れて行って検証したいことがあるという。


「もちろん、ルピ巡警隊が安全を確保して、ルピの手が空いた時にね。…それに、コニーが落ち着いてから行った方がいいだろう」

「…あぁ、そうだな。ルピ、お前は暫くハンジ班と行動しろ」

「わかりました」


騒動の後始末と新たな課題。何事もなかったかのように過ごしていた数年前。まだまだあの頃のような"平凡な"時には戻れそうに無いなと、ルピは少し温くなった紅茶に手を伸ばした。


 ===


コンコン

その日の午後。ルピはローゼ巡警隊として、再度ピクシスの部屋を訪れた。


「失礼します」


中からの返事の後、部屋に入る。そこには午前と同じように椅子に腰掛けるピクシスと、灰色の髪色をしたメガネの女性、背の高い体格のいい男性が立っていて、自分に気付いて振り返った彼等と次々に目が合った。
ピクシスが立ち上がり、己を呼ぶ。ルピは二人の視線を気にしながら、ピクシスの横に並んだ。


「では、紹介しよう。調査兵団、リヴァイ兵士長に次ぐ実力者―ルピ・ヘルガーじゃ。こちらの女性はリコ・ブレチェンスカ、そして彼がヴィリ・エックハルト。どちらも駐屯兵団の精鋭。それなりに戦闘経験はある」

「よろしくお願いします」


ペコリ、と頭を下げる。本当ならこういう場合、左胸に拳を指す敬礼をする方が正しいのかもしれないが、ルピがそれを実用する時なんてほぼほぼ無い。ルピにとってそれは訓練兵時代の謂わば儀式のようなもので、兵団内ではペコペコ頭を下げてやってきた(何か意味が違う)。調査兵でそれをどうこう思うものはいないが(寧ろ今更敬礼されたらそれはそれで事件だと思おう)、他兵団にとってこれは結構な問題。そうやって訓練兵時代に仕込まれ、規律を忠実に守り生きてきたのだから。
だから、彼等にとってルピという人物のファーストインパクトは、どちらかというと"最悪"だった。


「彼女と君等二人で、ローゼ内に残る巨人の抹消及び安全確認に当たってもらう」

「…お言葉ですがピクシス指令。このような"子供"と我々三人のみで、この広大なローゼ内を見回れと?」

「そうじゃ。不満かの?」

「…敬礼の"け"の字も知らない者の実力を信用しろと言われましても、我々にとっては今のローゼ内の現況よりも理解し難い現実です」

「?」


意味が分からないというようにポカンとするルピと、至極真面目で冷静なリコとの相違に、ピクシスは思わず笑い声を上げた。それにムッとした表情を見せるリコ。あ、彼女は怒っているのだとルピは察知した。


「ブレチェンスカよ。お主の欠点は人を見た目で判断しすぎることじゃ」

「っ、」

「…彼女の実力を見るには巨人という相手が必要じゃが…生憎ここにはいない。まぁ、本番でそれを見るより今ここで慣らしておいたほうがよさそうじゃの」

「?何の話を――」


そうしてピクシス指令にルヴを見せてやってくれるか、と言われたルピは「わかりました」と言って即、白い獣に姿を変える。いきなりのそれに目の前の二人から叫び声等は上がらなかったが、声なき声を上げているのが表情から良く分かった。


「なっ、…!?」

「これがこの子の本来の姿―とは言い切れんが、巨人とはまた異なる特殊な能力と思ってもらって構わん」


この姿で今まで数々の壁外調査をこなしてきた事、この姿では巨人の捕食対象にはならない事。その他ルヴについて今分かっていること全てを、ピクシスは二人に話した。


「この大きな耳、そして何でも嗅ぎ分けるこの鼻が、巨人の足音および匂いを即座に感知し、その位置を特定する。…人手のいる巡警においてこれほど有益な能力はない。そう思わんかね?」

「…………わかりました。すぐにでも出発を」


サッと敬礼を済ませる二人を見、ルピは元の姿に戻った。意外とすんなりと受け入れてくれたリコに目を向ける。先ほどまであった疑心暗鬼の色は薄くなっていたが、それでもその目の奥は最初にあったものと何ら変わらない気がした。




指令の部屋を出て即、ルピはリコに続き廊下を歩く。歩くのが早い。他兵団の人とこうして任務に付くのは初めてのこと、初対面の他兵団の人と何を話していいのかも分からない為相変わらず黙ってスタスタと歩く。


「私は以前にもこうして…いや、今と比べ物にはならないが、無謀な作戦に参加したことがある」

「?」

「戦闘に長けた調査兵団が不在の中…私達駐屯兵団と卒業したばかりの訓練兵、そして巨人になれるという少年の未知の力のみで穴を塞ぐという…今考えてもおぞましい作戦にな」


――トロスト区奪還作戦。巨人を穴とは反対方向の隅に誘導し極力戦闘を避け、駐屯兵団の精鋭数名とミカサ、そしてエレンが穴を塞ぐ為に命を張った決死の作戦。ルピは後始末にだけ参加したが、壁外で見るそれとは異なる、無惨な光景が広がっていたことは今でも覚えている。
だが、結果的に作戦は成功した。人が巨人になれるという衝撃の事実が生まれたばかりの時にそれを利用し実践に移したピクシス指令の決断も壮絶だが、成し遂げた精鋭班、そして何よりエレンの力―意志のお陰であろう。作戦に戸惑い逃げ出そうとした兵士は巨万といる。それでも、家族を思い、兵士を選んだ自らを思い、恐怖と戦いながら作戦に参加した。人類の存続を、人類の強さを知らしめる為、皆死んだ甲斐あって、今こうして我々はローゼ内で平和に暮らしていられることを忘れてはならない。
…そのローゼが今、我々の手中に託されているということ。リコは言う。前を向いたまま、足の速さも変えず。


「…我々が安全だと宣言すれば、住民は100%安心して戻ってくる。…一匹たりとも見逃す事は許されない」

「……」

「分かるか、ルピ・ヘルガー。お前のその"お犬様"の能力に全てがかかっている。我々はまたその未知の力に賭けるしか方法が無いようだからな……死ぬ気で責任を果たせ」

「…わかりました」


リコの隣を歩いていたヴィリがチラリとルピを振り返る。ルヴを見て彼等が何を思いどう感じたのか、全てがその言葉に集約されているような気がして。華奢な背中に咲く赤と、広い背中に掲げられた赤を交互に見つめ、ルピはゴクリと一つ息を呑んだ。



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