08




「――……あれ?リヴァイ、」


夕食時。リヴァイの前の席に座ったハンジは、その男の隣がポッカリ空いているのに気づいた。


「ルピは?」


いつも隣にある小さな姿が今日は見当たらない。小さくて見えない…とかそういうことでもない。


「珍しいね、…何かあったの?」

「…アイツは今頃馬とじゃれ合ってるだろうよ」

「あぁ、…今日は初めて馬術の訓練したんだっけ?」

「馬を随分"気に入った"らしい。…今宵は共に過ごすそうだ」

「…はぁ?!あんたちょっとそれはひどっ――」

「お前な、俺がそんな命を出すと思うか?」


いや出しそうなことこの上ないが、ハンジはあえてそこはスルーして事情を聞いた。

ルピはその後、結局最後まで馬に触れることが出来ず、そうして訓練は何の進展もないままお開きとなった。リヴァイは「馬は初対面のお前をからかっているだけだ」と苦しい言い訳をしたが、しかしルピは納得がいかないようで突然今日はここにいると言い出したのである。
リヴァイは最初それを止めた。焦る必要なんてなくて、明日からも時間はたっぷりあるのだからと。…しかし、結局折れたのはリヴァイの方だった。



――今日中になんとかしなければ、きっと明日も明後日も何も変わらない



…そう言ったルピの目が、いつになく真剣だったから。


「――…はぁ〜、あの子は真面目の塊だね〜」

「あぁ、気持ち悪いほどにな。誰かさんとは大違いだ」

「ん?誰のことかな?」

「…さぁな」

「性格がリヴァイに似なきゃいいけどね〜」

「何か言ったか?」

「いやぁ、なにも」


感心する一方で、ハンジも何故馬が極端にルピを嫌うのかが理解できなかった。ルピのずば抜けた身体能力もさることながら、ちょっと…いや大分興味がある。


「ねぇリヴァイ、今度ルピの身体検査してもいい?」

「今の流れで何でそんな話になる」

「まぁまぁまぁ、気にしない」


「ね、いいでしょ?」そういうハンジの眼鏡の奥はキラキラと輝いているがそのまた奥にリヴァイは何か悪いものを見た気がした。…と、いうより何でコイツは自分に許可を取ろうとしているのだろう。自分が監視についているからだろうか。


「……断る」

「え!?」

「間違って殺してもらっては困るんでな」


リヴァイはそう言い残してその場を去った。そんなことするかと言うハンジの声を、背に聞きながら。




 ===




「――…、」


何とかしなければいけないと啖呵を切り、それから暫く考えて十数分後。ルピはとりあえず馬小屋を掃除することに決めていた。
リヴァイの部屋にお世話になる時もなった後でもそれは欠かさない日課であって、そう、ルピの中で掃除とは相手に日頃の敬意・感謝を払うものと認識されている。

三角頭巾にマスクにエプロン準備OK。…その前にとりあえずお馬様達に事情を説明しなければ。いきなり入って掃除をし始めるなど失礼極まりない。


「あ、あの、聞き流してもらって構わないんですが、」


いや本当は聞いて欲しいがそもそも通じないのも重々承知。けれども、とにかく言葉にしなければ自分の誠意は伝わらない。

"あの頃"の自分はそれをしなかった。相手に受け入れてもらえないと分かった時点でそれをすることを止めていた。言っても無駄だと、…いや、それ以上に酷い言葉が返ってくるのを拒んでいたのかもしれない。


「…お掃除、させてもらいますね。…あ、その間私のことは気にしないで頂いて結構ですので」


どうぞお好きにお過ごしください。低姿勢を保ちながら今までにこんなに馬に敬語を話す者がいただろうか。…いいや、いまい。


「……よし、」


そうしてルピは馬舎の掃除を開始した。

お馬様の前を通るときには必ず会釈し、毛並みがキレイですね、速そうな足をお持ちですねと声をかけていく。お馬様たちはただ黙ってルピを見ているだけで、そこに響くのは自分の声だけ(当たり前だが)。


「……、」


それでもルピは懸命に掃除し続け、何でもいいから話しかけ続けた。

…こんなに自ら相手(馬だが)に心を開いてもらおうと努めたのは、これが初めてのような気がした。



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