09



「――ここが…ラカゴ村…」


馬で駆けること小一時間。広大な草原と時折現れる木々や森の間をぬって到着した場所は至って静かで、しかし崩壊した家、小屋はどこか不気味な雰囲気を漂わせている。
本来なら、立派な村があった。小さくても少なくても、そこで懸命に生きていた人達がいた。一瞬にして崩された未来。ルピはチラリとコニーに目を向ける。


「…家屋の壊れ方が妙だな…」


ハンジとモブリットが馬から降り、手前にある大きな家へと足を進める。ルピもゆっくりと馬から降り、辺りを見回した。

崩壊している、と言っても殆どの家はまだ形を保っていて、一部を巨人にやられただけのように見えた。…だが、ハンジの言うとおり、家屋の壊され方に違和感を覚える。
家の中に人が居たとして、それを巨人が襲う。何も巨人は礼儀正しくドアを開けて入ったりなどしない。それらは単純に邪魔な物を壊すため上から―あるいは横から打撃を加える。ともすれば瓦礫は自然と家の中に溜まる事が多いがしかし、どの家も瓦礫は中に溜まっておらず、多くは屋根の上や家の周りに散らばっていた。それはまるで、家の内側から何かが爆発したような壊れ方だった。


「こっちです、ハンジさん――」


ルピがライナー達を追いかけている間―ハンジが負傷している間に、ラカゴ村の調査に出向いたモブリットと数名の兵士。そこで彼らは、コニーから聞いていたとおりの"モノ"を発見する。
――家を押しつぶすように仰向けで寝そべっている、一体の巨人を。

コニーの話を聞いたのはその時から遡って十数時間前。よってこの巨人は本当に自力で動けないのだと認識するも、だからと言って安易に近づくことはできそうになかった。もしかしたら首だけ動いて自分たちを食べにくるかもしれないからだ。


「これです」


崩壊した家の間を進んで、恐らく村の一番端っこ。そこに突如として現れた―顔を逆さまに、建物の間からニコニコとこちらを見ている巨人。コニーの話どおり、その寝そべっている巨人は手と足が骨だけだと言っても過言ではないくらいに細く、あばら骨も浮き出ていた。恐らく頭から下の骨格が未発達なのだろう。

貴重な被検体を新たに獲得することが出来たことは大きい。ソニーとビーンを失ってから、再度手に入れられた巨人は"アニ"だけ。これはまたハンジさんが大喜びするぞと、なんだかんだハンジの役に立てることが嬉しいモブリットは見つけた当初、そう思っていた。

そして彼らは細心の注意を払いながら、手足に杭を打ってその巨人をその場に固定させた。万が一を考えて、今できる最善のことはしておかねばならないから。
…そうしている時、一緒に来ていた一人の兵士があるものを見つけてモブリットの元へ寄ってきた。彼はそれを見た瞬間、言葉を失う。


「――間違いありません。オレの両親の肖像画です」


――そう、その肖像画に映る女性と、横たわる巨人の顔が瓜二つだったのだ。


まさかそれがコニーの両親の肖像画だとは思いもしていなかったモブリットは、驚愕の表情を浮かべてそれから目を逸らす。


「…何てことだ…」


食い入るようにその肖像画と寝そべっている巨人を見比べるハンジ。誰もが驚きを隠せなかった。唯一見つけた巨人がコニーの母で、今も尚その場で生き続けている事実に。


「この巨人…俺に話しかけたことがあるんです。『お帰り』って…」

「え?」

「あの時そう聞こえたって言ったら…ライナーの奴必死に『そんなわけねぇだろ』って言って…」

「…!」

「…そういやユミルもだ…そうか…あいつらは知ってたんだ…何がどうなってたのか知ってたんだ…そして…それがバレねぇようにごまかした…オレが感づいたから…あいつらは…クッソォ…」


コニーがキュッとその拳を握る。見兼ねたハンジが班員に杭を全て抜くよう指示した。もうロープで十分拘束できるから、と。


「…誰だよ…俺達をこんな目に遭わせるヤツは…絶対に…許せねぇ…」



涙を流し肩を震わせるコニーに、誰も声をかけることが出来ずにいた。その横でハンジも罰が悪そうな顔をして俯いている。
――巨人の正体が人間かもしれない。それを知って皆一番に何を思う。まさかそんな事がある筈ないと現実を疑う。…否。今までに自分が巨人に"何をしたか"だ。

たくさんの巨人を討伐した。それはイコール、たくさんの人間を殺したことになる。逆もしかり、巨人に食われるということは、人間に食われるということ。巨人と人間の形容は似て非なりだが、結果的に「人間との殺し合い」に繋がるならば、兵団が受ける精神的ダメージは計り知れない。

ルピにとってもそれは衝撃的な話であったことは確かだ。だが今はそれよりも、コニーの母の巨人化の方が気になっていた。

エレンやアニ、ライナー達は自らを傷つけて巨人化する。彼らは知性を持っており一般的な巨人とは異なるため、巨人になったり人間に戻ったりを繰り返すことが出来る(但し限度はある)。だが、コニーの母がそのような知性を持った巨人とは到底思えない。どちらかと言えばそう、そこらにいる巨人と同じ類である。
そうであるなら、それら一般的な巨人はどのようにしてそうなったのか。自らの意思で巨人化する線が薄いならば、自然的に突然変異で巨人化するか、"誰か"が意図的にそれらを巨人化させていることになるが、


――『目的は威力偵察ってところか?』


「…! "さる"」

「「え?」」


突然に記憶の底から這いあがってきた言葉。ルピはポカンとした表情のハンジに向き直り、思い出したことを話した。
ユミルが執拗に"さる"についてライナー達に問い質していたこと、それが今回の騒ぎの元凶で、――壁の中に巨人を発生させたのもそいつだと。


「さる…"さる"って何だ?」

「恐らく、コニーが見た"獣の巨人"のことだと思われます。…ただ、それに対してのライナー達からの答えはありませんでした。だから真実は分かりません」

「っあいつか…!確かに他の巨人とは違ってすげーデカくて強そうだったけど、」


ウトガルド城でコニーらがそれを目撃して以来、その獣の巨人に関する情報は一切無い。…だが、どうして気が付かなかったのだろう。それがまだ付近に潜んでいる可能性が無きにしも非ずなことに。
ライナー達はそれらを目指している。それを目指せば故郷に帰れる。ユミルの推測が間違っていなくて、もしもそれがまだ付近に潜んでいるのならば。エレンを狙うにしろ狙わないにしろ、確実に彼らはここへ―壁へと戻ってくるだろう。


「ライナー達と関係があるのか仲間なのかすら分からないが…それも知性を持った巨人であることには間違いないだろう」

「ええ。とにかく帰って報告を」

「そうだね。そうとなればやはりエレンの硬質化を急がないと――」


きっとそう遠くない未来、それは現れる。思いながらルピはチラリとコニーの母を振り返った。



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