03



翌朝。街へと繰り出した一行。囮作戦も兼ねているため、エレンとヒストリアはそのまま宿で待機となる。
いつ、どこで、誰が。何もわからないまま、それでも警戒心を最低限に、リヴァイを先頭に素顔を晒して堂々と歩く。

元々どんな街だったかあまり記憶には無いが、トロスト区攻防戦の痕—崩壊したままの建物、瓦礫の山もそこそこに、街はかなり荒れている様に見えた。連なる建物の前に白いテントを並べ、マーケットが開かれているが、そこに活気という活気は見当たらない。


「オイ…あんた、リヴァイじゃねえか?」

「本当だ!俺も見たことあるぞ!人類最強の兵士リヴァイだ!…オイオイちいせえな、馬に乗っているところしか見たことなかったが…こりゃあ——」


邪魔だが?そう言ってリヴァイが足を止める。急に話しかけてきた男と「本当だ!」と大きな声で叫んだ男を合図に、疎らに点在していた町の人が集まって来、辺りを一気に騒がしさが囲む。
…囲むにしては、距離がやたら近いな、なんて。壁外調査へ向かう時とはまた違う圧迫感。馬に乗っていない分、大きな男たちが(自分は小さいだけだが)密集してくるのはあまりいい気分ではない。見える限りで首を動かせば、完全に包囲されているようにも見える。…来るならここか?と少し警戒心を強めた、


「まあ聞いてください兵市長殿!みじめな俺たちの話を——」


矢先。町民の一人、頭に白いバンダナを巻いた男がこちらの了も得ず、話し始める。お前ら兵士が大袈裟に騒いだ避難作戦のせいで職にあぶれちまったんだよ、と。
壁際の街には度重なる不信感で人が寄り付かなくなっている。5年前—初めて巨人に襲撃されてから、壁から突出した区域に住むにあたって不安は付き物になり、そうして起きたトロスト区襲撃事件でそれはより一層濃いものとなった。それに追い打ちをかけるかのように起きた巨人出没事件。人々の生活に与えられる絶望の数々、そうして廃れていく街。こうした混乱に乗じて窮地に追い込まれた人間の少数は悪意に染まってしまう。現にいなくなった駐屯兵の代わりにコソ泥が増えているという話である。


「どうしてこうなった?なぜ巨人に何回も攻め込まれてんです?…俺にはわかる…あんたら調査兵団の働きがたりねえからだよ」

「俺のやってた商売はこうだ…稼げねえのは自分が悪い。労働に対価が見合わねえのなんていつものこと。…だがあんたらは違うでしょう?働きがたりねえし結果がでてねえのに食えてる。…なあ?こんな街中をぶらぶら歩いてお買い物か?女連れて歩いて…いいご身分だよな。あんたらに少しでも良心ってもんがあんのなら…金を置いて行けよ…調査兵団が余分にとりすぎちまった分をよ…!!」


調査兵団が民衆から良く思われていないのは昔からだが、こうして罵声を浴びるのは初めてかもしれない。当たるところもなく溜め込んでいた思いを一気に吐き出しヒートアップしていく男。周りの群衆がそうだそうだと囃し立て喧噪が次第に増していく中、…しかしルピの耳は誤魔化されなかった。


「…リヴァイさん、馬車のような音がこちらに来ます」

「…!オイ!気をつけろ!」

「は?何に気を付けるって?人類最強の兵士がよお!」


リヴァイの胸倉を男性が掴んだと同時、ルピは当初の作戦通り、捕らえられる前に一足先に立体機動で近くの屋根へ飛んだ。リヴァイは胸倉を掴まれながらも目の前の男性に蹴りを入れるが、数人の男によって後ろから羽交い絞めに遭い、ミカサもコニーもサシャもその腕を—身体ごと拘束されている。捕らえるというよりはその場から動くなというようにも見えた。…動きを制し、余計なことをさせないために。


「馬車が突っ込んでくるぞ——!!!」


土埃を上げながら一生懸命に走る馬一頭を操る男と、その後ろに引かれた荷台の上に二人の男。人込みに向かって出すスピードではない。こんな狭い街中でそのまま突っ込んでは死人がでるのではと思うほど、まるで暴走だ。


ドドドド__!!!


荷台に乗っていた二人が、目星を付けていたであろう人物を容赦なく馬車へと引きずり込んだ。少しもスピードを緩めることなくそのまま突っ切っていく。


「あっ…!アル…じゃなくてクリスタとエレンが!また攫われてしまったあ!!」


…棒読みがすぎるぞ、なんて。サシャもきっと自分と一緒で演技が出来ない部類なんだなと思いながら、ルピは適度な距離を保ちつつ、一足先に馬車を追った。




「——ジャン達は?」


馬が駆ける事数分。中心部から少し入った、川沿いに並ぶ建物の一角で馬車は止まった。大きな倉庫のような建物の前に堂々と止め、馬車から二人を降ろし、そのまま中へと入って行った三人の男。数十秒で中から一人が出て来、再度馬に乗ってどこかへ行ってしまった。


「あの建物の中に連れていかれました。敵は三人ですが、一人出て行ってまだ帰って来てません」


ルピが指を示して即、リヴァイは104期達に中を伺うよう指示を出す。
建物の二階部分には大きな窓が等間隔でついており、三角屋根にも小窓が双方二つずつ付けられていた。中の様子は大窓から良く見えるが、屋根上の小窓の方が立体機動を使わずに監視できる。かつ小窓のため、大きな音でもしない限り、上は見上げないだろう。中に入る時ですらあまり周囲に注意を払っていなかった輩達だ。攫ったことに重きを置いて警戒には重きを置いていない…こういった事に手を染めるのは初心者の類なのかもしれない。


「…中の様子はどうだ?」

「急がないと…アルミンの変装がばれてしまいます」


それに可哀そうです。と、小窓から中を確認し飛んできたミカサの顔に浮かぶなんとも言えない表情。アルミンに一体何が…とその表情から読み取れる情報はルピにはないが、リヴァイはただ「そうか」と一言返すのみ。

ルピとコニーがそのまま外で見張りを命じられ、リヴァイ、ミカサ、サシャが中へと入っていく。中で"敵のお頭"を待つ作戦だ。コニーには小窓からいつでも合図を出せるように頼み、ルピはその場に留まった。


「——確かにエレンとクリスタで違いないんだろうな」


…暫くして、馬車がやってきた。先程とは違って、荷台が黒塗りのキャビンに代わっている。そのキャビンから出てきたのは小柄な男と細身の男の二人。どちらも黒い服に身を包んでいるが、ウォール教の服装ではない。


「はい、特徴は一致しています——」


そう言いながら、中に入っていく三人。コニーがチラリとこちらを見てきたので、指で"3"を表した。小窓へ目を向けた彼がジェスチャーし、倉庫内からドタバタと暴れる音が聞こえたのもつかの間。シン…と静寂を取り戻した後、コニーがこちらを見、グッと力強く親指を立てる。…その間1分もなかったのではなかろうか。囮作戦はあっけなく成功。ルピは青い空へ一つ息を吐いた。


===


「——なぜわざわざこんなところまで連れてきた?」


トロスト区前門、エレンが岩で穴を塞いだ壁の上。人類の奇跡が誕生した場所。こうしてゆっくり街を見下ろすのはまた久々だなと思いながら、2人の男の背を眺める。
縁に立つリヴァイの横で、堂々と葉巻を吹かしながら腰掛けるのは、先程の黒い服を着た小柄な男。


「ここがどこだがわかるか会長?」

「ここは俺の街だぞ?トロスト区前門…いや元前門か。もしくは人類極南の最前線…あの世とこの世の境目。おっかねえが稼げるいい街だった」


——ディモ・リーブス。名のとおり、リーブス商会の会長。壁の中でも特に大きい商会で、壁内の経済事情に大きく関わっている商会をまとめる男だ。

そんな大きな商会が、中央憲兵と手を組み、エレンとヒストリアを拉致しようとした。交渉内容とあんたらの目的が知りたいとリヴァイが問えば、考える間もなく会長は「命令されて従った」だけだと、そして己らの目的は「全てを失わないために命令に従う」だと言った。
…しかし、山中での夜襲も、今し方の拉致も失敗に終わっている。リーブス商会は何らかの罪状で全ての財産を王政に没収され、従業員とその家族は路頭に迷い、俺と数人の部下は口封じのため何らかの事故に遭って死ぬだろうと、悲哀もなくリーブスは淡々と語る。


「…一ついいことを教えてやるよ旦那。奴らは頭が悪い。普段巨人相手に殺し合いしているような奴らに、俺らチンピラが何とかできるわけねえだろってんだ、馬鹿だね奴らは」

「あぁ…奴らの頭は足りないらしい。それはわかるが…そんな馬鹿どもに大人しく殺されていいのか?会長」


あ?と睨みを聞かせるように。高らかに笑っていた表情を変え、会長はリヴァイに顔を向けた。
奴らは馬鹿だが、人類の最高権力者どもだ。お前らだって服すらきれねえ馬鹿に食い殺されてんだろうが、なんて。…皮肉にしては上手いこと言うなと、流石商人だなとリヴァイは逸れた感心を示す。

一時は巨人に占領されたトロスト区が破滅寸前なのは誰が見ても一目瞭然である。だが、何故この街に人が戻ってくるのか。それは、リーブス商会が人と仕事を結びつけ、この街を失わないように働きかけているのが大きいからだ。
しかし、中央憲兵によってリーブス商会が消滅してしまえば、この街は完全に機能しなくなる。そうなれば路頭に迷うのは商会の従業員だけではない。街の住人全てがその対象だ。…一体何人が冬を越せるだろうか。寒さに凍え飢え死ぬくらいなら、確かに中央憲兵に殺されるほうがまだ楽かもしれないなと、リヴァイは言った。


「あぁ…そうなるだろうな…お前らがエレンとクリスタを寄こさねえせいで、人がごまんと死ぬだろう。…それで?俺の部下とこの街の住民を餓死させねえためなら"人類の奇跡"をくれるってのか?」

「その通りだ。エレンとクリスタをお前らにやる」

「は?」


それには会長だけでなく、104期達も驚きの声を出した。特に声を荒げたのはミカサ。しかし身を乗り出した彼女のその行動を読んでいたかの如く、リヴィアは気にも留めず話を進める。


「ただし条件を三つ受け入れろ」


ひとつ—リーブス商会は今後、調査兵団の傘下に入り、中央憲兵や王政・法に背くこととする。ふたつ—リーブス商会は調査兵団を心の底から信用すること。みっつ—今後リーブス商会が入手した珍しい食材・嗜好品等は優先的に調査兵団に回すこと。
特に紅茶とかな。とオチが付け足された後、声を荒げたのはサシャ。「すばらしい!すばらしい条件じゃないですか会長!!」と、エレンよりも食べ物をとる彼女はいつまでも彼女らしいな、なんて。


「……あんた商人よりも欲が深いらしい」


この条件のどこが欲深いのかルピにはてんで理解ができなかったが、気に入ったよと手を伸ばす会長と、あんたは頭が良いと言ってその手を握ったリヴァイ。
交渉成立を祝うかの如く、涼しい風が二人の間を通り抜けていった。



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